東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)は8月8日、カブリIPMUの研究者も参加している「スローン・デジタル・スカイ・サーベイIII(SDSS-III)」の研究チームが、我々の属する天の川銀河の形成の歴史解明に役立つ、6万個の星の分光データである「データリリース10(DR10)」をオンライン公開したことを発表した。成果は、米国ピッツバーグ大学のMichael Wood-Vasey氏、米国バージニア大学のSteven Majewski氏らの国際共同観測チームによるものだ。

SDSS-IIIは6年間かけて近傍の星、天の川銀河、遠方の天体を観測するプロジェクトだ。米国ニューメキシコ州アパッチポイント天文台にあるスローン財団の2.5m望遠鏡を用い、毎夜「バリオン音波振動観測(Baryon Oscillations Spectroscopic Survey:BOSS)」の可視光分光器、または「アパッチポイント天文台銀河進化観測実験(APOGEE:Apache Point Observatory Galactic Evolution Experiment)」の赤外分光器によって分光観測を行う。

SDSS-IIIの実験代表者、ピッツバーグ大のWood-Vasey氏は「私たちは2001年からデータの公開を続けてきました。そして現在に至るまでデータ公開のスピードを保っています。研究者に限らず、誰でもデータにアクセスできるようにするというのは、常に私たちのプロジェクトの主要な目的の1つです。今回もその伝統に従い、私たちの銀河についてのさまざまな情報を含む新たなデータを公開できたことを、大変誇らしく思います」と語る。

今回のデータは、SDSS-IIIのプロジェクトの1つ、天の川銀河の広域調査を行うAPOGEEの最初の公開データだ。これまでにない広い範囲にわたって観測した赤外分光データであり、天の川銀河の外縁部から塵に包まれた中心部まで、さまざまな場所から6万個の星を選んで観測が行われた。

そして画像1は、その公開データに含まれる2個の星の分光データだ。図には天の川銀河を赤外線で観測した様子が示されており、緑色の点はDR10で公開されたAPOGEE観測の初年度の分光データが取得された星の場所が示されている。なお、その内の1個の星は銀河の中心部(バルジ)にあって水素より重い元素がたくさん含まれており、もう1個は円盤の外縁部にあって重い元素はあまり含まれていないことがわかる。

画像1。公開データに含まれる2個の星の分光データ。(c) Peter Frinchaboy(Texas Christian University), Ricardo Schiavon(Liverpool John Moores University), and the SDSS-III Collaboration. Infrared sky image from2MASS, IPAC/Caltech, and University of Massachusetts.

天の川銀河は、高密度の中心部「バルジ」、我々の太陽系も含まれる円盤部、低密度で数10万光年先まで球形に拡がる「ハロー」の3つの領域に分けることが可能だ。それら異なる領域から6万個の星々が選ばれたのは、それらの星の年齢や組成を詳しく調べることで、銀河形成の歴史において、それぞれの部分でいつ、どのような環境で星が生まれたのかがわかるからだ。

また赤外線が使われた理由は、可視光では銀河中心部を観測することが一部しかできないからだ。さまざまな領域で「暗黒星雲」と呼ばれる黒い塵の集まりが見られるが、銀河中心部はこの塵が多く、可視光では遮られてしまって中心部からの光が地球まで届かないのである。しかし、赤外線を用いると比較的塵を透過することから、APOGEEでは可視光線では隠されていた領域を観測できるようになり、銀河の中心部から外縁部のハローに至るまですべての領域にわたる広域調査を行えているというわけだ。

そして星の分光データで何がわかるのかというと、星の温度や大きさ、星を取り巻く大気(恒星にも大気はあり、もちろん太陽にもある)の成分といった重要な情報を詳細である。例えるなら、特定の人物を知るために、身長と体重を知るだけでなく、その人の写真を見るようなものだという。

また一口に6万個というが、この数の星を観測するのには、いうまでもないが非常に時間がかかる。APOGEEでは最終目標として10万個の星の観測を3年間で終える予定だ。そのため、対象の天体の位置に穴を開けた大きなアルミの円盤を使い、その穴に光ファイバーを接続して300個の天体を一度にとらえるという工夫がなされている。光ファイバーの反対側の端は回折格子(プリズムのように光の色を分ける素子)に接続されていて、導かれた光が波長ごとに分けられる仕組みだ。しかも、今回使用されている回折格子は、天文観測に用いられるものとしては初めてで、最大のものだという。APOGEEの成功には必須の技術というわけだ。

さらにこの6万個は、天の川銀河の各所に存在する星々だ。宇宙誕生以来存在する水素とヘリウム以外の元素は、恒星内の核融合(鉄までが作られる)や、超新星爆発の衝撃(鉄よりも原子番号の大きい元素)などによって作られたのだが(まだわかっていない元素も多い)、重い元素を多く含む星々は、初期の星によって重い元素が作られてばらまかれた後に誕生した第2世代以降の星々である。そうした古い星(軽い元素のみの星)と新しい星(思い元素を含む星)の割合を領域ごとに調べ、さらに星々の運動を調べることで、銀河形成の歴史が詳細にわかるという。

さらに、APOGEEのデータから星そのものの性質についてもさまざまなことがわかる。APOGEEでは同じ星を何度も測定することから、それぞれの星における分光データの時間変化もわかる。それを利用して観測チームは、短い間隔で光の変化する星を見つけ出し、どれだけの星が見えない伴星を持つ連星系を構成しているのかを明らかにする予定だ。さらには、よりかすかな星のふらつきを把握することで、それらの星が惑星を持っていることも見つけられる可能性があるとしている。

DR10では、さらにBOSSのための68万5000個におよぶ天体の分光データも公開された。今回の分光データにはこれまでよりも遠くの、宇宙を膨張させる謎の力「ダークエネルギー」で加速され始めた頃の銀河やクエーサーのものが多く含まれている。今回と、さらに今後予定されている最終の1年分のBOSS分光データを用いることで、ダークエネルギーの性質の解明に迫れるという。

カブリIPMUの村山斉機構長は、「APOGEEの広域観測は、この研究領域の未来を切り開いたといってよいでしょう。今後予定しているSDSSの将来計画の1つである「アパッチポイント天文台近傍銀河マッピング計画(MaNGA:Mapping Nearby Galaxies at APO)」に加え、私たちカブリIPMUでは、すばる望遠鏡に取り付け、同時に多数の天体を分光観測できる「超広視野分光器(PFS:Prime Focus Spectrograph)」を開発中です。今年打ち上げられる予定のGAIA衛星のデータと組み合わせて、天の川銀河形成の歴史や近傍の銀河団における暗黒物質の分布を明らかにできると期待しています」と語っている。

なお今後の予定としては、2014年から始まる「SDSS-IV(APOGEEの続き)」があり、前述のMaNGAなどがある。MaNGAでは1万の近傍銀河の内部地図を作り、銀河の形成と成長についてさらに詳細に調べるとしている。

画像2。APOGEE分光器の周囲で作業するSDSS-III共同研究者たち。(c) Dan Long(Apache Point Observatory)