京都大学は8月5日、高輝度光科学研究センター(JASRI)、米・スタンフォード大学、米・ペンシルベニア州立大学、米・Advanced Photon Sourceとの共同研究により、理化学研究所が所有してJASRIが運営する大型放射光施設「SPring-8」を用いて、単核非ヘム鉄酵素「ハロゲナーゼSyrB2(シリンゴマイシン生合成酵素2)」の反応中間体である「Fe(IV)=O中間体」の構造解明に成功したと発表した。

成果は、京大の瀬戸誠教授、同・北尾真司准教授、JASRIの依田芳卓主幹研究員らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、7月18日付けで英科学誌「Nature」に掲載された。

「単核非ヘム鉄酵素」は、1つの非ヘム鉄イオンを活性中心に含む金属酵素の総称である。なお「非ヘム鉄」とは、よく知られた「ヘム鉄」(ヘム補因子に鉄イオンが配位)と区別するために用いられている表現だ。その単核非ヘム鉄酵素は、「フェニルケトン尿症」に関連する「フェニルアラニン代謝」や神経伝達物質の産生、二次代謝産物の生成および低酸素応答のような多くの重要な生物学的過程に関与している。

これらの酵素は、その触媒サイクルにおいて類似のステップを経て反応のカギとなるFe(IV)=O中間体(画像1・右下)となる点が特徴だ(Fe:鉄)。この中間体は、異なった酵素がそれぞれ異なる反応を行うために使用されている。今回研究が行われた酵素は細菌「Pseudomonas syringae pv. syringae」から得られたハロゲナーゼSyrB2だが、この酵素では「基質」の違いに対応した異なった反応を行うためにこの中間体を利用している。この酵素はFe(IV)=O中間体を利用して、天然基質「L-トレオニン(L-Thr)α」の場合は引き続いて「ハロゲン化」を引き起こす。一方で、非天然性基質「L-ノルバリン(L-Nva)」の場合には、「ヒドロキシル化」を引き起こすのである(画像1左)。

画像1の「α-ケトグルタレート依存」非ヘム鉄酵素の触媒サイクルについて捕捉をしておく。まずサイクルの左上(緑地のところ)にある通り、α-ケトグルタレートと基質によって「6配位Fe」から「5配位Fe」への転換が起こる。これによってO2(酸素分子)が結合できるサイトができ、右上(大きい黄地のところ)に移って「Fe(IV)-ペルオキソ種」が作られる。今度は右下(小さい黄地のところ)に、α-ケトグルタレートの「脱カルボキシル化」によって「反応性Fe(IV)=O中間体」(4価鉄イオンに酸素原子が配位した化学種)が生成される。これが水素原子の引き抜き(左下のオレンジ地のところ)および引き続くヒドロキシル化あるいはハロゲン化(左の水色地のところ)を起こすというサイクルだ。

画像1。α-ケトグルタレート依存非ヘム鉄酵素の触媒サイクル

今回の研究では、「核共鳴非弾性散乱法」(原子核の共鳴準位のエネルギーに近いX線を試料に照射し、フォノンの生成・消滅を伴う原子核励起を起こさせることにより、振動の様子を調べる分光法)を用いて、Fe(IV)活性中心に「Cl-」(塩素イオン)と「Br-」(臭素イオン)とが結紮(けっさつ)したSyrB2のFe(IV)=O中間体に対しての測定が行われた。

SyrB2が取り得る構造に対して、「密度汎関数法計算(DFT)計算」(原子や分子といった多体電子系におけるエネルギーなどの物性を電子密度から計算することが可能であるとする理論に基づく電子状態計算法)を用いた評価が行われたところ、その中で5配位の「三方両錐形構造」だけが実験的に得られたスペクトルを再現することができたという(画像2-4)。

そして、天然基質L-Thrの場合にはFe(IV)=Oの結合ベクトルは基質のC-H(炭素-水素)結合方向に対して垂直であるのに対し、非天然性基質L-Nvaの場合には Fe(IV)=O結合ベクトルが基質のC-H結合方向に対して平行となることがわかったのである。それにより、この違いに対応したハロゲン化およびヒドロキシル化を引き起こす電子状態を特定することができたというわけだ。

画像2(左):核共鳴非弾性散乱法によって測定されたSyrB2-ClおよびSyrB2-BrのFe振動状態密度。グラフ中において特に顕著な強度のモードが存在する領域が3、2、1で表示されている。画像3(中):密度汎関数法によって計算されたFe振動状態密度。画像4(右):三方両錐形構造

今後、核共鳴非弾性散乱法は単核非ヘム鉄酵素のような酵素反応の機構解明のために利用されていくものと期待されるという。具体的には、「タウリンジオキシゲナーゼ(TauD)」と呼ばれる単核非ヘム鉄酵素のFe(IV)=O中間体への適用が考えられるとする。このタウリンジオキシゲナーゼは、基質の違いによってヒドロキシル化あるいは不飽和化を引き越すことが知られているが、核共鳴非弾性散乱法によってこの反応性の違いを引き起こす構造的特徴を解明することが期待されるとした。