理化学研究所(理研)は8月7日、国立遺伝学研究所、群馬大学、熊本大学、米国ハーバード大学との共同研究により、精神発達障害を伴う乳児難治てんかんのモデルマウスにおいて、発症の主要な引き金となる「抑制性神経細胞」の1種を特定し、さらに「興奮性神経細胞」での原因遺伝子産物である電位依存性ナトリウムチャネルαサブユニット1型タンパク質「Nav1.1」の半減が、てんかんに伴う突然死を抑制する効果があることを発見したと発表した。

成果は、理研 脳科学総合研究センター 神経遺伝研究チームの山川和弘チームリーダー、同・荻原郁夫研究員、同・行動遺伝学技術開発チームらの国際研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間8月7日付けで英科学誌「Human Molecular Genetics」オンライン版に掲載され、印刷版12月号にも掲載される予定だ。

てんかんは、脳神経回路の過剰興奮によって引き起こされる発作を特徴とし、全人口の1%以上が発症する頻度の高い神経疾患だ。てんかんには多くの種類があり、その過半数が遺伝的要因によると考えられているという。実際に、これまで多数のてんかん原因遺伝子が同定され、その内の20個余りの遺伝子が神経細胞の興奮を制御するイオンチャネルタンパク質をコードしている。

Nav1.1を作る遺伝子「SCN1A」は、てんかん原因遺伝子の1つだ。重篤で難治なてんかんを生後1年未満で発症し、さらに自閉症に似た症状や知的障害などの精神発達障害や運動失調などを伴う「乳児重症ミオクロニーてんかん(ドラベ症候群)」では、患者の約8割にSCN1A遺伝子の機能喪失変異が見つかっている。また、SCN1A遺伝子変異は「熱性けいれんプラス」などほかのてんかんや、知的障害、自閉症のケースにも広く見出されていた。

研究チームは以前に、野生型(正常)マウスにおいてNav1.1が抑制性神経細胞(画像1)の1種である「パルブアルブミン(PV)陽性抑制性神経細胞」(カルシウム結合タンパク質のPVを発現する、抑制性神経細胞の約4割を占める細胞)で強く発現すること、患者で見出されたSCN1A遺伝子の「ナンセンス変異」(遺伝子の塩基配列中のアミノ酸に対応するコドンをストップコドン(対応するアミノ酸がないコドン)に変化させる突然変異のことで、完全なタンパク質が合成されない)を導入したマウスがてんかん発作を示すこと、さらに当該マウスではNav1.1の量が半分になっており、抑制性神経細胞の機能不全が見られることを明らかにし、最近では当該マウスが自閉症に似た社会性行動の異常と記憶学習障害を示すことを報告している(記事はこちら)。

そこで研究チームは今回、マウスを用いて興奮性神経細胞や抑制性神経細胞、さらにその一部のPV陽性抑制性神経細胞などにおいてSCN1A遺伝子を欠損させることにより、Nav1.1の脳内分布を詳細に明らかにすると共に、それぞれの神経細胞種においてNav1.1がてんかん発作、運動失調、突然死などの発症に果たす役割を詳細に調べることにしたというわけだ。

画像1。多様な抑制性神経細胞群

研究チームは、「コンディショナルノックアウト」法を用いて、SCN1A遺伝子をマウスの特定の神経細胞種で欠損させ、「免疫組織学的手法」により詳細にNav1.1の脳内分布を調べると共に、てんかん発作、運動失調、突然死などの症状についてそれらのマウスで詳細な観察が行われた。

乳児重症ミオクロニーてんかんの状態を模して作成したすべての神経細胞においてNav1.1を半減させたマウスは、生後2週間頃からてんかん性けいれん発作を頻発。そして約2割のマウスが、生後1カ月までに発作に伴う突然死を起こすのが確認された。

また、すべての抑制性神経細胞だけに特異的に発現し、「γ-アミノ酪酸(GABA)」と「グリシン」を神経終末の「シナプス小胞」に移送する機能を持つタンパク質をコードする遺伝子「Vgat(Vesicular GABA Transporter:小胞性GABAトランスポーター)」を利用して抑制性神経細胞だけでNav1.1を半減させたマウスは、重篤なてんかん発作を示すと共にすべての神経細胞においてNav1.1を半減させたマウスより高い致死性を示すことが確かめられ、生後1箇月までにすべてのマウスが突然死したのである(画像2)。このことは、Nav1.1が半減されなかった何らかの神経細胞が、症状をさらに悪化させる働きを持つことを示しているという。

画像2。抑制性神経細胞でNav1.1を半減・欠失させたマウスの生存率

主に興奮性神経細胞に発現する遺伝子「Emx1」を利用して興奮性神経細胞だけでNav1.1を半減もしくは欠損させたマウスでは、てんかん発作や発作に伴う突然死は確認されなかった(画像3)。しかし、抑制性神経細胞だけでNav1.1を半減させたマウスで、興奮性神経細胞のNav1.1も半減させると、重篤であったマウスの致死性が大きく改善し、生後1箇月を過ぎても約半数が生き残ったのである(画像4)。この結果は、抑制性神経細胞だけでNav1.1を半減させたマウスにおいて、症状をさらに悪化させていた細胞は、Nav1.1を持つ興奮性神経細胞であったことを示しているとした。

画像3。興奮性神経細胞でNav1.1を欠失させたマウスの生存率

画像4。抑制性神経細胞、興奮性神経細胞を半減させたマウスの生存率

次に研究チームは、PV遺伝子を利用してPV陽性抑制性神経細胞だけでNav1.1を半減させたマウスを作製。すると、乳児重症ミオクロニーてんかんに似た自発性てんかん発作が見られたという。さらにNav1.1を完全に欠損させたマウスでは、生後1箇月までに発作に伴う突然死と歩行不良による栄養失調ですべてのマウスが死滅したのである(画像5)。

また、PV陽性抑制性神経細胞だけでNav1.1発現量がごくわずかに低下するだけでも、自発性てんかん発作を発症するに十分なことが判明した(画像6)。この結果は、PV陽性抑制性神経細胞におけるNav1.1の減少と、それによる機能低下が乳児重症ミオクロニーてんかんの発症の根幹に関与していることを示すものだという。

画像5。PV陽性抑制性細胞でNav1.1を半減・欠失させたマウスの生存率

画像6。PV陽性抑制性神経細胞でNav1.1を減らした時のマウスの脳波

続いて研究チームは、特定の神経細胞でNav1.1を欠損させたマウスと野生型(正常)マウスの脳組織を注意深く比較し、Nav1.1の脳内分布の観察を実施。その結果、野生型マウスにおいてNav1.1はPV陽性抑制性神経細胞の軸索に高濃度に発現することに加え(画像7)、一部の興奮性神経細胞(「内側嗅内皮質」-「海馬投射細胞」、一部の「大脳皮質錐体細胞」、視床-「大脳皮質投射細胞」)に低-中濃度で発現していること、海馬の興奮性神経細胞(「CA1/CA3錐体細胞」、「歯状回顆粒細胞」)には発現が見られないことなどが明らかにされた(画像8)。

画像7により、Nav1.1が、正常型マウス脳において、PV陽性抑制性神経細胞軸索に強く発現することがわかる。正常型マウスの海馬で認められる抑制性神経細胞軸索でのNav1.1発現(左上)は、PV陽性抑制性神経細胞においてのみNav1.1を欠失させたマウスで消失している(右上)。正常型マウスの大脳皮質第II/III層で認められるPV陽性抑制性神経細胞軸索起始部でのNav1.1発現(左下、矢印)は、PV陽性抑制性神経細胞においてのみNav1.1を欠失させたマウスで消失(右下)。Nav1.1がPV陽性抑制性神経細胞軸索に強く発現していることがわかる。

また画像8により、Nav1.1が、正常型マウス脳において、興奮性神経細胞の一部に発現することが確認可能だ。正常型マウスの大脳皮質第V、VI層(上段左)では、Nav1.1発現がパルブアルブミン陽性抑制性神経細胞の軸索起始部(矢印)と一部の錐体神経細胞の軸索起始部に確かめられる(二重矢頭)。一方、興奮性神経細胞においてのみNav1.1を欠失させたマウス(上段右)では、Nav1.1発現がパルブアルブミン陽性抑制性神経細胞の軸索起始部では残存しているが(矢印)、錐体神経細胞の軸索起始部では消失している。

正常型マウスの海馬(中段左)では、Nav1.1発現が抑制性神経細胞軸索と内側嗅内皮質から海馬に投射される貫通線維(矢頭)に確認可能だ。一方、興奮性神経細胞においてのみNav1.1を欠失させたマウス(中段右)では、Nav1.1発現が抑制性神経細胞軸索では残存しているが、貫通線維では消失している。

正常型マウスの体性感覚野バレル皮質(下段左)では、Nav1.1発現が第II/III、IV、V、VI層に確認可能だ。一方、興奮性神経細胞においてのみNav1.1を欠失させたマウスでは(下段右)、Nav1.1発現が第II/IIIとV層では消失し、視床から大脳皮質に投射されて第IVとVI層に広がる線維では残存している。Nav1.1が興奮性神経細胞の一部で発現しているが、海馬の興奮性神経細胞では発現していないことがわかる。

画像7。Nav1.1は、正常型マウス脳において、PV陽性抑制性神経細胞軸索に強く発現

画像8。Nav1.1は、正常型マウス脳において、興奮性神経細胞の一部に発現

Nav1.1の脳内分布については、世界の複数のグループが相互に異なる報告をして混乱した状況が続いていたが、今回の成果はそのような状況に対して一定の決着をつけるものとなった形だ。Nav1.1のような疾患の原因となる遺伝子産物の組織内分布を正確に理解することは、疾患を理解する上でも不可欠であり、これらの知見はその意味でも非常に重要な意義を持つといえるだろう。

今回、Nav1.1が、PV陽性抑制性神経細胞に高濃度に発現することの確認に加え、一部の特定の興奮性神経細胞にも発現すること、さらにモデルマウスにおける興奮性神経細胞と抑制性神経細胞でのNav1.1発現の半減が発症に対してそれぞれ相反する効果を有することが示された。これらは、有効で副作用の少ない治療法を開発するためには抑制性神経細胞、とりわけPV陽性抑制性神経細胞に治療のターゲットを絞るべきであることを示しているという。今後、研究チームはこれらのモデルを用いて知的障害や自閉症の発症メカニズムの解明にも取り組み、有効な治療法の開発を目指すとしている。