海洋研究開発機構(JAMSTEC)、アジレント・テクノロジー、フランス海洋研究所の3者は8月5日、「234U(ウラン)-230Th(トリウム)年代測定法」を用いたサンゴなどの海生炭酸カルシウムの年代決定に関する研究において、「卓上型ICP質量分析装置」を用いた極微量の「236U」の迅速かつ高精度な定量化法を構築したと共同で発表した。

成果は、JAMSTEC 高知コア研究所 同位体地球化学研究チームの谷水雅治サブリーダーらの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間7月16日付けで英国王立化学会の分光分析分野の専門誌「Journal of Analytical Atomic Spectrometry」電子版に掲載済みで、印刷版には8月7日に掲載される予定である。

地球温暖化現象の原因としてまず考えられているのは、産業活動に伴う二酸化炭素(CO2)の排出だ。実際に、大気・海洋などの環境観測データと気候モデルシミュレーションの対比からは、CO2が地球温暖化に影響を与える可能性が示唆されている。それとは別に指摘されているのが、地球が持つ周期的な気候変動システムの一環として地球温暖化が発生しているというものだ。そのため、過去の地球における温度変化の幅や速度を検証する研究に注目が集まっているところである。

サンゴなどの海洋堆積物中の海生炭酸カルシウムに含まれる酸素原子の同位体比は、試料が生成した当時の温度が記録されていることから、質量分析法を用いて18O/16O同位体比を精密に測定することで、過去の海水温を推測することが可能だ。この結果はIPCC第4次評価報告書の「第6章 古気候」にもまとめられており、氷期と間氷期が繰り返し地球に訪れていることを示している。

また質量分析法は、炭酸カルシウム試料が生成した年代の同定に対しても利用されており、よく知られた234U-230Th年代測定法は、試料中に極微量に含まれる234Uの230Thへの「壊変量」(放射性崩壊の量)を基に、試料の年代を過去約50万年の範囲で測定することが可能だ。

しかし、UおよびThの同位体分析としてこれまでは「表面電離質量分析法」が利用されてきたが、実は測定に時間を要するという課題が存在していた。そこで、近年になって迅速な分析が可能な手法として利用され始めたのが、ICP質量分析法だ。しかし同手法にも、イオンビームの収束性の低さや、試料導入方法に由来する妨害分子イオンの影響による分解能の低下といった課題が存在しているのである。

そこで研究チームは今回、表面電離質量分析法と比較した場合のICP質量分析法による同位体測定におけるその課題を解決するため、新しい分析手法の開発を進めた。そして課題を解決し、簡便に236Uを定量する手法を確立したのである。

海生炭酸カルシウム中にUは1ppm程度含まれているが、U同位体のほとんどは235Uと238Uであり(それぞれの同位体存在度は0.720%と99.275%)、234Uの同位体存在度は約0.005%しかない。また、化学分離操作の過程で一部が失われることで、その存在量を正しく決定できないため、通常は「同位体希釈法」と呼ばれる手法が使われている。これは、自然界に存在しない236Uを一定量試料に添加した上で化学分離を行い、分離後の234U/236U同位体比から234Uを定量する方法で、ごくわずかしか存在しない234Uに対してもその濃度を1%以上の高精度で定量測定することが可能な手法だ。

ここで、234Uの高精度定量測定を行う上で問題になるのは、試料中に存在する同位体である235Uと238Uの質量スペクトル上での影響である。特にICP質量分析法の場合は、238U+のイオンビームの広がりが236U+の付近にまで影響を及ぼすと共に、分析の過程で235Uイオンに水素原子が結合した235UH+236U+イオンの質量数はともに236であるため、従来の質量分析装置ではこれを分離することが不可能だった。

そこで研究チームでは、これらの目的元素と同じ質量を持つ妨害分子の影響を抑制するために、四重極電場を有したICP質量分析装置「Agilent8800」(アジレント・テクノロジー製)を用いた新たな分析手法を確立したというわけだ(画像1・2)。

画像1。Agilent8800の外観と内部の装置類(アジレントのWebサイトより転載)

画像2。Agilent8800の質量分析装置部分の拡大図と各部位の説明(アジレントWebサイトより転載)

同装置は市販のICP質量分析装置としては、初めて四重極電場を直列に配置することでイオンの収束能力を高めたことが特徴で、238U+のイオンビームの236U+への影響をなくすことが可能である。また、両四重極電場の間にイオンと反応するガス分子を導入できるセルが配置されており、妨害分子イオンの発生を抑制できる機能も持つ(画像3・4)。ウランの測定においては、U+イオンを酸素ガス(O2)と反応させ、UO+イオンとして検出することで、ウランの水素化物イオンの影響を抑制することに成功している。

画像3(左):Agilent8800の質量分析部(四重極電場Q1-イオン反応セル-四重極電場Q2)の拡大図(アジレントWebサイト関連資料より転載)。画像4(右):その模式図

酸素には16O、17O、18Oの3つの安定同位体が存在し、235U17O+236U16O+と同じ質量数として干渉するため、従来のICP質量分析装置では反応ガスを使わない場合、質量数の同じ236U+イオンと235UH+イオンが区別されず一緒に検出されてしまう。また、酸素ガスと反応させた場合においては235UH+は除去できるが、多量に存在する235U17O+236U16O+と区別できない。要は、ウランイオンをウラン酸化物イオンとして検出する手法は適用不可能だったのである(画像5)。

それに対し、Agilent8800を用いた新たな分析手法では、反応セルの前後に四重極電場を直列に配置することにより、235U+は反応セル内に入らないため235U17O+は生成せず、また235UH+イオンは酸素ガスとの反応によって質量の異なる235U16O+イオンに変換されるため、目的の236U16O+イオンのみを高い精度で検出することができるというわけだ(画像6)。

236Uイオンを高精度に検出する仕組みの概要。画像5(左):従来のICP質量分析装置。画像6(右):Agilent8800。Q1、Q2は四重極電場を示し、特定の質量のイオンのみを通過させる役割を果たす

得られたウラン同位体の質量スペクトルは従来のものと比べて質量スペクトルの裾野がきれいであり、また質量数239に認められる238UH+238U+の量比で推定されるように、ウランの水素化物イオンが著しく抑制されている(画像7)。この分析法を236U/238U同位体比が10-7から10-9までの試料に適用した結果、この範囲では同位体比が正確に測定可能であることが確認されたというわけだ(画像8)。10-9236U/238U同位体比まで検出可能ということは、10億個の238Uに対して1個の236Uが測定できることを意味しているという。

画像5は、天然のU同位体存在度と、実際にAgilent8800で得られたウラン同位体の質量スペクトル、および従来スペクトルの比較。今回の研究のUスペクトルは裾野が格段にきれいであり、ウランの水素化物イオン(238UH+)が抑制されている形だ。このことは、今回の手法によりほかのイオンに起因する干渉を排除可能であることを示しているという。

なお、比較を容易にするためにAgilent8800で得られたU16O+スペクトルはU+のスペクトルに変換されている。また、現在市販されているウランを含む試薬の多くは、原子炉で再処理されたウランを一部含む。天然とは違う同位体組成を示す場合があるのだ。

画像6は、236U/238U比(10-9から10-7)の推奨値(横軸)と実測値(縦軸)の比較。236U/238U比がすでにわかっているウランを含む試薬について、実際にAgilent8800を用いてウラン同位体比が測定され、相互の値が比較された。試薬の236U/238U比の推奨値(横軸)と得られた実測値(縦軸)が1:1の関係(同じ値を通る傾き1の直線上に点がプロットされること)であり、相互の値はよく一致していることを示した。この図から、236U/238U比にして10-9、つまり238Uの量に対して10億分の1の236Uまで測定できるとしている。

画像7(左):天然のU同位体存在度と、実際にAgilent8800で得られたウラン同位体の質量スペクトル、および従来スペクトルの比較。画像8:236U/238U比(10-9から10-7)の推奨値(横軸)と実測値(縦軸)の比較

従来の同位体希釈法では236U+に干渉する238U+ピークの裾野と235UH+の影響を低減するために、236Uを多めに添加する必要があった。これに対し、今回の手法では236Uの添加量を最低限の量に一義的に決めることができ、試料導入ラインに残存する236U+の信号強度も抑えることが可能だ。

また、そうした妨害要因の補正が不要なため、従来の手法で必要であった235U+238U+の測定が原理的には不要であり、簡便さと迅速さを兼ね備えた画期的な分析法だという。さらに、234U-230Th年代測定に必要な、海生炭酸カルシウム中における230Thの同位体希釈質量分析のために添加される229Thの水素化物の低減にもつながり、従来必要であった複雑な分析プロセスが簡略化される点が特徴だ。

今回の研究の測定手法を用いることにより、過去の氷期から間氷期への温暖化移行時の地球における、さまざまな緯度や海域における地域的な温度分布と変化速度を系統的に調査・評価できるなど、古気候変動のより詳細な解明に役立つことが期待されるという。研究チームでは、今回の手法で用いた質量分析装置の高感度化・高精度化をさらに進め、さらに微少試料量での年代測定手法を確立していくとしている。