横浜市立大学(横市大)は7月30日、生活習慣病の発症や進行に関わるタンパク質「ATRAP/Agtrap」が正常なマウスやヒトの脂肪組織に多く存在し、一方、生活習慣病にかかると脂肪組織内のATRAPが減少することを明らかにしたと発表した。

成果は、横市大 学術院医学群 循環器・腎臓内科学の田村功一准教授、同・涌井広道助教、同・前田晃延博士らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間7月31日付けで米国心臓病協会誌「Journal of American Heart Association」に掲載された。

内蔵脂肪型肥満、高血圧、2型糖尿病、慢性腎臓病、脂質異常症などの生活習慣病は、遺伝的要因と後天的要因とが複雑に相互に作用し合って発症し、症状があまり顕在化しないまま増悪して動脈硬化が進行することにより、脳梗塞、心筋梗塞、腎不全、大動脈瘤、閉塞性動脈硬化症などの重篤な合併症を引き起こす。

現在、生活習慣病に対しては食事・運動療法に加えて種々の薬物による治療や「インターベンション治療」(カテーテルと呼ばれる細いチューブを血管に挿入して行う治療法)が行われているが、現時点での「集学的治療」(外科的治療・内科的治療・放射線治療など複数の治療法を組み合わせて行う治療法)によっては完全には生活習慣病とその重篤な動脈硬化合併症を完全には抑制できないとされている。従って、生活習慣病とその動脈硬化合併症に対する安全でさらに効率的な治療法の開発が重要とされている。

「レニン-アンジオテンシン系(R-A系)」は、R-A系による生理作用の大部分を担う生理活性物質「アンジオテンシンII(Ang II)」の受容体である「AT1受容体」の生理的な活性化を通じて、交感神経系などと共に、生体の血圧循環調節や腎機能制御を行っており、生体の機能維持に重要な循環調節系だ。

しかし、カロリー過剰摂取や種々のストレスなどの病的な慢性刺激により組織局所でのR-A系のAT1受容体系の過剰活性化が生じることがあり、これが原因となって組織局所での酸化ストレス増加や炎症反応が持続して引き起こされ、生活習慣病とその動脈硬化合併症の発症・進展にも深く関与することが提唱されている。従って、生活習慣病とその動脈硬化合併症の発症・進展において、Ang II=生活習慣病増悪因子、AT1受容体=生活習慣病増悪因子受容体としてとらえることができるという。

一方、内蔵脂肪型肥満、インスリン抵抗性を特徴とする生活習慣病とその動脈硬化合併症においては、脂肪組織における脂肪細胞肥大化や脂肪組織での軽度な慢性炎症の病態への関与の可能性、あるいは脂肪組織でのR-A系、AT1受容体系の関与の可能性が指摘されている。しかしながらその分子病態学的な基盤については十分に解明されていなかった。

生活習慣病とその動脈硬化合併症の抑制のためには、組織局所でのAT1受容体の過剰活性化を抑制することが重要と考えられるという。これまでに田村准教授は、ハーバード大学のDzau教授(現・デューク大学)らと共にAT1受容体への直接結合性機能制御因子として、ATRAP(AT1受容体結合性低分子タンパク:AT1receptor-associated protein)/Agtrapの単離・同定に成功し、その病態生理学的意義の検討と臨床応用への可能性について検討していた。

今回はまず研究チームが発見したのが、正常状態においてATRAPがマウスやヒトの脂肪組織に多く存在している点だ。しかし、それと同時に生活習慣病のマウスやヒトの脂肪組織においては、ATRAPの発現量が減少していることも確かめられたのである。

そこで、研究チームは発生工学的手法により生まれつきATRAPを持たないATRAP欠損マウスを作成。正常マウスとの比較を行ったところ、通常食飼育下では特に変化は見られなかったが、肥満を誘発する高脂肪食で飼育した場合には、内臓脂肪型肥満、高血圧、脂質異常症、インスリン抵抗性などの生活習慣病の症状が出現することが明らかになったのである。さらに、ATRAPを高発現している脂肪組織を用いてATRAP欠損マウスの皮下に脂肪組織の移植治療を行うと、生活習慣病の症状が改善できることも証明された。

また、培養細胞を用いてのATRAP遺伝子発現活性化の検討では、マウスやヒトのATRAP遺伝子のプロモータ領域にある転写調節領域「E-box」に結合する「USF-1」、「USF-2」という転写調節因子による相互作用が、ATRAP遺伝子の発現活性化に重要であることも明らかにされたのである。

ATRAPが多く存在する脂肪組織を生活習慣病状態のマウスに皮下移植することにより、生活習慣病の病態を改善することに成功したことは、今後、脂肪前駆細胞を利用した細胞治療への応用などにより、高リスクの生活習慣病患者や動脈硬化合併症患者に対する新規標的治療の開発に結びつく可能性があるという。

またATRAPは、細胞や組織表面に存在するAT1受容体の細胞内取り込みを持続的に促進することにより、正常な生理機能を維持する機能を維持しながら、病的刺激によってAT1受容体が情報伝達系組織局所で過剰活性化することに対してのみ抑制作用を発揮するという仕組みを持つ。従って、ATRAPは生活習慣病とその動脈硬化合併症を改善できる可能性を持ち、組織バイオマーカー、治療標的として、病態リスク評価や安全で効率的な新規治療開発に大きく貢献すると期待されるとしている。

今回の研究の概要