筑波大学は7月30日、多細胞集団の運動において「ソリトン現象」が存在することが発見されたと発表した。

成果は、筑波大 生命環境系の桑山秀一准教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、英国時間7月29日付けで英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

ソリトン波とは、衝突しても互いに波形が変わらずに通り抜ける不思議な性質を持つ孤立した波のことで、さまざまな非線型現象として現れることがわかっている。例えば、水深の浅い水面で生じる波の中には、孤立した状態で塊となって速度と波の形状を変えることなく遠くまで伝わるものが見られるという具合だ(19世紀に、浅い水路を進むボートの舳先から発生する波の観察によって発見された)。

また、そのような孤立波は、別の孤立波を追い抜いてもそれぞれの振幅、速度が変化しない。このような粒子的な性質を持つ波はソリトン波と呼ばれ、1960年代になってこのソリトン現象の重要性が深く認識され、ソリトンの実験的・理論的研究は物理学、工学、数学などの広い分野において今でも注目されている。現在では、津波の到着時刻予測などでもソリトン理論が活用されているという具合だ。

しかし、物理学、工学、数学の各分野でソリトン現象はこれまでの研究によって発見されてきたが、生物学の分野でのソリトン現象は見つかっていなかったのである。

「細胞性粘菌」は真核アメーバの単細胞生物だが、エサがなくなると走化性運動により集合して子実体を形成する(画像1)。研究チームはこれまでの研究において細胞性粘菌の特殊な突然変異株を分離していた。この突然変異株は走化性運動を行えず、子実体を形成しないというのが特徴だ。今回の研究ではその突然変異株の詳細な観察が行われ、子実体を形成しない代わりに、波模様の塊を形成することが発見されたのである(画像2)。

画像1。細胞性粘菌野生株が形成する子実体

画像2。細胞性粘菌突然変異株が示すソリトン様多細胞波動

この波模様の塊は細胞が集まった細胞集団で、形を崩さずに一定の速度で運動していく。さらに、この細胞集団はぶつかり合っても形を崩すことなく互いに通り抜けてしまうこともわかり、つまりこの波模様の細胞集団はソリトン波の性質を示すことが明らかになったというわけだ(画像3)。

画像3。波模様の細胞集団同士がぶつかっても、互いにそのまま通り抜けてしまう不思議な多細胞体波動の様子

このソリトン様細胞運動には次のような性質が確認された。

  1. ソリトン様細胞集団の形成と維持は、走化性などによる外部からの化学信号によるものではなく、細胞間の接着によって形成・維持されている。
  2. ソリトン様細胞集団の運動は、進行方向前部にある細胞を取り込みながら前進すると同時に、取り込んだ分に相当する細胞を後方に残していくことで、一定の大きさを保っている。つまり、その形状は動的へ以降によって一定に維持されている。
  3. ソリトン様細胞集団同士が衝突すると、一時的に細胞のシャッフリングが起こるが、離れる際にそれぞれが衝突前と同じ構成メンバーのソリトン様細胞集団を再形成する。これにより、一見するとまるで通り抜けたような現象に見えることがわかったというわけだ。

なお、これまでこのようなソリトン様の性質を示す細胞の集団運動は報告されたことがなく、ソリトンの性質を持つ生物運動としては世界初だという。

ヒトをはじめ、生物の体はさまざまな種類の細胞の集まりであり、それら細胞の複雑な運動によりできあがっている。この生物の形作りにおいては、塊(集団)としての細胞運動が大きな役割を担う。しかし、集団としての細胞運動のメカニズムについては現時点で十分に理解されているとはいえない。

今回発見した多細胞波動がぶつかっても通り抜けるというソリトンの特徴を持つことは、生物の形態形成運動において重要な意味を持ちうる発見であり、ヒトを含めた生物の形作りで何らかの役割を果たしている可能性があると考えられるという。

研究グループは今後、今回発見したソリトン現象の理論的な説明を模索し、そのメカニズムの解明に迫ることを考えているとした。中でも、今回発見したソリトン現象が生物の形作り一般に見られる現象なのか、もしそうだとしたらソリトン様多細胞波動はどのような役割を担っているのか、の2点を中心に検討したいとしている。