名古屋大学(名大)と科学技術振興機構(JST)は7月30日、緑藻の1種である「クラミドモナス」の時計遺伝子にホタルの発光遺伝子を人工的に融合した遺伝子を作製し、時計遺伝子の働きに応じて発する光を分析した結果、緑藻が外界からの光を浴びた時、体内時計の時刻合わせが起こる分子メカニズムの解明に成功したと発表した。

成果は、名大 遺伝子実験施設の松尾拓哉助教、同・石浦正寛名誉教授らの研究チームによるもの。研究はJST先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として行われ、詳細な内容は米国東部時間7月29日付けで米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

クラミドモナスは単細胞性の緑藻だが、体内時計を持つことは古くから知られていた。また、その体内時計はヒトのものと同様に、光を浴びることで時刻合わせが起こることもわかっているが、その分子メカニズムについてはこれまでのところまったくわかっていない。

そこで研究チームは今回の研究で、まずクラミドモナスの時計遺伝子とホタルの発光遺伝子「ルシフェラーゼ」の融合遺伝子を人工的に作製し、クラミドモナス細胞に組み込むことから始めた(画像1の(1)および(2))。作製した融合遺伝子からは、時計タンパク質とルシフェラーゼの融合タンパク質が作られる(画像1-(3))。そのため、この遺伝子を組み込まれたクラミドモナス細胞は、細胞内で作られた融合タンパク質の量に応じた強さで発光するようになった(画像1-(4))。

融合タンパク質の量は本来の時計タンパク質の量と一致するので、細胞が放つ発光の強さを測定することで、生きたままの細胞で時計タンパク質の量的な変化を秒単位の時間分解能で知ることができる。ただし、この発光は人間の目ではまったく見えない程の極めて微弱なものなので、JST先端計測分析技術・機器開発プログラム「機器開発タイプ」(平成17~21年度)および「ソフトウェア開発タイプ」(平成21~24年度)で開発された超高感度の発光測定装置(高感度生物発光測定装置「CL24-W」)と測定解析ソフトウェアを用いて測定解析が行われた(画像1-(5))。

画像1。時計タンパク質量を発光として測定する方法の概略図

さまざまな条件下で細胞内の時計タンパク質の量の変化が調べられた結果、クラミドモナスが光を浴びた時に、時計タンパク質の1つである「ROC15」の量が急速に減少することが発見された(画像2・3)。

ROC15-ルシフェラーゼ融合タンパク質を産生する細胞が放つ発光。画像2(左):外からの光(光照射)を浴びた直後から細胞が放つ発光量が急速に減少するのが確認された。減少の程度は、浴びる光の強さに依存していることが判明。画像3:発光の減少を秒単位の時間分解能で測定した結果。刻々と発光が減少していく様子がわかるはずだ

この減少は「ユビキチン-プロテアソーム系」によるタンパク質分解によるもので、その系には別の時計タンパク質である「ROC114」が関わっていることが解明された。また、ROC15を持たないクラミドモナス細胞では体内時計の時刻調節がうまくいかないことも確認されている。画像4が時差ボケの修正能力を調べる実験の結果をグラフ化したもの。昼の長さを通常の12時間から6時間ずつ66時間まで変化させた時に、翌日以降の細胞の活動(葉緑体の遺伝子発現)の時刻がどうなるかが調べられた結果が示されている。

以上の結果から、クラミドモナスが光を浴びると、ROC114の関わるユビキチン-プロテアソーム系の働きによりROC15の急速な分解が起こり、それが引き金となって、クラミドモナスの体内時計の時刻合わせが行われることが明らかになった次第だ。

画像4。時差ボケの修正能力を調べる実験

研究チームは今後、光受容からROC15の分解に至るまでの光情報の伝達経路の解明を目指すという。ROC15の分解は赤色の光で特に強く起こるが、クラミドモナスにおいて光情報としての赤色光を受容するメカニズムはよくわかっていない。この研究を進めることで、未知の赤色光の受容・情報伝達メカニズムが明らかになると期待されるとしている。

また緑藻で時刻合わせのメカニズムをさらに解明することにより、緑藻の体内時計を自在にコントロールできるようになると期待されるとした。最近、緑藻はバイオ燃料の供給源として注目されていることから、体内時計を緑藻の活動が盛んな時刻に調節することで、バイオ燃料生産の効率化が期待されるとしている。

画像5は、体内時計のコントロールによるバイオ燃料生産の効率化の概略図だ。バイオ燃料を緑藻から抽出する前に、体内時計を細胞の活動が最も盛んな時刻にしばらく固定しておくことで、細胞が通常よりも多くのバイオ燃料を蓄積した状態を維持できるという。

画像5。体内時計のコントロールによるバイオ燃料生産の効率化の概略図