茨城県・東海村のJ-PARC内で発生させたニュートリノを発生地点から300mの地点で、その数とエネルギー分布などを測定し、その後、295km離れた岐阜県飛騨市神岡町のスーパーカミオカンデにおいて、同様の測定を実施し、ニュートリノが飛行する間にどのように変化したかを調べる「T2K実験(東海-神岡間長基線ニュートリノ振動実験)」を行っている国際共同研究グループは7月19日、ミュー型ニュートリノが飛行中に電子型ニュートリノへ変化する「電子型ニュートリノ出現現象」が存在することを示す決定的な測定結果が得られたと発表した。

同成果の詳細は7月19日にスウェーデン・ストックホルムで開催されている欧州物理学会にて発表された。

研究グループは2011年6月に今回と同様の現象の兆候をとらえたことを発表していたが、今回は、2010年1月の本格的な実験開始から2013年4月12日までの間に得られたスーパーカミオカンデのデータのうち、J-PARCからビームを打ち出した時間と同期しているものの解析を実施。その結果、ミュー型ニュートリノから電子型ニュートリノへの新たなパターンのニュートリノ振動「電子型ニュートリノ出現現象」(ニュートリノ振動は、ニュートリノが長距離を飛行する間に現れる量子力学的な干渉の効果により、その種類が変化してしまう現象)がなければ説明できない多数の事業が得られていることが判明したという。

J-PARCニュートリノ実験施設。J-PARCメインリングからキッカーとよばれる電磁石により加速器の内向きに蹴りだした陽子を一次ビームラインで神岡の方向に向ける。陽子はチタン合金容器に格納されたグラファイト標的に衝突して多数のパイ中間子を生成する。パイ中間子を電磁ホーンという特殊な電磁石によって前方に収束させ、ディケイボリュームと呼ばれる長さ100mのトンネルに入射し、ミュー型ニュートリノとミュー粒子の対に崩壊させる。ニュートリノビームは前置検出器を用いて測定されており、スーパーカミオカンデの測定結果と比較すると、ニュートリノが飛行中に別の種類に変わるニュートリノ振動の研究が可能となる

具体的には、電子型ニュートリノが物質と反応すると電子が生成されるが、期間中のスーパーカミオカンデでビームと同期したニュートリノ事象は総計532個検出され、うち28個で電子の生成が確認されたという(その中で電子型ニュートリノ出現現象に起因しない背景事象は4.6個と評価されたという)。

電子型ニュートリノ出現事象候補の例。円筒形をしたスーパーカミオカンデの3次元イベントディスプレイで、内壁に配置された光電子増倍管のうち、光を捉えたものに時間別の色をつけて表示したもの。電子型ニュートリノと水との反応によって発生した電子が引き起こす電子・陽電子シャワーが発したチェレンコフ光が、リング状に捉えられているのが見て取れる

また、観測されたエネルギー分布は、電子型ニュートリノ出現現象が起こった場合とよく一致していることも確認されたことから、解析を行った結果、背景事象のみの統計的な揺らぎによって偶然に起こる確率は1兆分の1以下であることが判明したとする。

スーパーカミオカンデで観測されたビームに起因するニュートリノ事象の時間分布。人工ニュートリノビームは約2.5秒に1回、およそ20万分の1秒のパルスとして発射されるが、その中に加速器に起因する8つの「バンチ」と呼ばれる微細な構造を持っている。図は、スーパーカミオカンデで測定された、ビームに起因するニュートリノ事象の時間分布を示している。横軸の0の位置はビームの先端がスーパーカミオカンデに到着した時刻で、ビームバンチの構造をはっきりと見ることができる

今回の結果を受けて研究グループは、ミュー型ニュートリノから電子型ニュートリノへの振動が発見されたことは、粒子(物質)と反粒子(反物質)とで適用できる物理法則が異なる"CP対称性の破れ"に関する研究を、今後進展させるものとして注目されるとコメントしている。

電子型ニュートリノ出現事象候補として検出された電子のエネルギー分布。観測された28事象の分布(エラーバーつきの黒点)は、背景事象による分布(緑)に電子型ニュートリノ出現現象の存在を仮定した場合に期待される事象分布(赤)を加えると、よく再現されることが見て取れる

また、CP対称性の破れは、これまでニュートリノや電子とその仲間からなるレプトンでは見つかっておらず、2008年に小林誠博士や益川敏英博士らが受賞ノーベル物理学賞を受賞した理由となるクォークでのみ見つかっている。しかし、ビックバンにより創成された宇宙の最初期の段階での、レプトンのCP対称性の破れがその原因になった、という可能性が指摘されていることから、研究グループでは今後、レプトンにおけるCP対称性の破れの研究を世界に先がけて推進していくために、実験の特徴の1つである反ニュートリノビームを用いた測定を含め、現在のおよそ10倍の量のデータを取得することを目指した取り組みを進めて行くとしている。