名古屋大学(名大)は7月19日、米ハーバード大学、英ケンブリッジ大学との共同研究により、ノックアウトマウスを用いた研究から遺伝子「MRAP2」が肥満に深く関わることを発見したと発表した。

成果は、名大大学院 医学系研究科 腫瘍病理学の浅井真人 特任講師、ハーバード大のJoseph A. Majzoub教授、ケンブリッジ大のSadaf I. Farooqi教授らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間7月19日付けで米科学誌「Science」印刷版に掲載された。

今回の研究のきっかけは、2005年にNature Geneticsに発表された、Adrian J. Clarkによる論文に対し、当時Majzoub教授の教室へ留学中だった浅井特任講師が着目したことだ。下垂体から分泌されるホルモン「ACTH」から命令を受け取る副腎皮質細胞表面の受容体「MC2R」が十分に機能するには、補助因子的な働きをする遺伝子「MRAP」が必要で、MRAPに変異があるとACTHに対して反応できないため、副腎皮質細胞で「糖質コルチコイド」が生成されないという内容である。

そして浅井特任講師は、以下の3点に着目した。(1)MC2Rと視床下部にあるホルモン「MC4R」は似通った受容体であること。(2)MC4Rに作用する主なホルモンの「αMSH」と、ACTHは同一の遺伝子「POMC」の産物であること。(3)マウス視床下部にはMRAPと構造のよく似た遺伝子「MRAP2」が活発になっていることの3点である。

このMC2R-ATCH-MRAPの関係とMC4R-αMSH-MRAP2が似ているという関係から、最終的に浅井特任講師は、MRAP2が欠損するとMC4RがαMSHに応答しなくなり、その結果としてαMSHによる体重抑制ができなくなり、マウスは肥満できなくなるのではないかと考察。それを確かめるべく、ノックアウトマウスの作成を始めたのである。

実際にノックアウトを作成すると、期待通りどころか、機体を上回る重症の肥満となった。画像1は5箇月齢のメスで、右の天秤に載っているのが野生型(正常)マウスで、左がノックアウトマウスだ。ノックアウトマウスは、普通のエサを自由に食べるゲージで飼育されたノックアウトマウスのホモ接合型(2つある遺伝子セットの両方が異常)である。ノックアウトマウスは、個体によっては野生型の2匹以上の体重を有するに至った。また、2つある遺伝子セットの内の片方だけが異常なヘテロ接合型のノックアウトマウスでも肥満傾向は確認されている。

画像1。左がノックアウトマウス。野生型2匹以上の体重がある

以上の観察から、マウスではMRAP2が「普通の体重でいる」ために必要らしいということは判明したが、なぜMRAP2がないと肥満が進行してしまうのかという点がわかっていなかったことから、次に浅井特任講師らは、各種最新機器を使用して肥満の原因を割り出すことにした。原因として考えられるのは、(1)食べ過ぎ、(2)運動不足、(3)栄養吸収(過多)、(4)新陳代謝の低下の4点で、そのどれが原因なのか詳細に調べられたのである。

その結果、このノックアウトマウスは運動不足というわけでも、栄養吸収が多すぎるというわけでも、新陳代謝が低下しているわけでもないことが判明。となると、自動的に「食べ過ぎ」になるわけだが、必ずしもそれだけではないことがわかったのである。

というのも、このノックアウトマウスは自由に食べたいだけ食べさせると野生型よりも若干余分に食べるので太って当たり前と思われたが、実は野生型の兄弟が前日食べたエサの量を毎日計量してきっちりその分だけしか食べさせなくても、野生型よりは太ってしまうことがわかったからだ。それは何を意味するかというと、原因として考えられた4点とも当てはまらないということで、結論として「同じ運動量、同じ栄養吸収、同じ新陳代謝で、なおかつまったく同じ量のものを食べていても肥満する遺伝子型がある」ということが判明したのである。

この研究にFarooqi教授が参加した後、ヒトでも同じような変異があるのかを調べるため、高度肥満者のゲノム解析が実施されることとなった。その結果、高度肥満者の中にヒトMRAP2遺伝子にヘテロの変異が発見されたのである。ただし、マウスと違ってヒトは個人によってゲノムの違いがいろいろとあるため、肥満の原因であるのかどうかの確定にはまだ時間が必要ということだが、変異の一部は実際に肥満の原因ではないかと、研究チームは見解を述べている。

浅井特任講師が2008年に帰国して名大において、MRAP2が細胞の中でどのようにMC4Rに干渉するのかの実験として、遺伝子組換えで作った部品(MRAP2、MC4R)を培養細胞に導入して、あたかも視床下部の一部を培養皿に再現するような形で行った。その結果、MRAP2はMC4RがαMSHを受け取って細胞内に伝える時に必要な因子であることが確認されたのである。

研究チームは、今回の研究の発展として、ヒトで発見された変異の内、本当に肥満の原因になり得る変異はどれであるかを培養細胞の実験で判定できるようになると、遺伝子型による将来の肥満予測が可能になるかも知れないという。一般的に以前から、肥満は「摂取カロリーが消費カロリーを上回ることで起きる」と認識されているが、今回のノックアウトマウスを見るとそれが正しいとはいえないことがわかったわけで、今後、体重を規定するもっと新しい考え方が現れる可能性があるとしている。

空腹を感じたら食べ物のところまで行って満足するまで食べるという、一見単純に見える生物の行動には、まだまだわかっていない複雑なプロセスがあるという。今回の成果は、肥満研究に関する科学的真理の追究という意味意外にも、MRAP2が視床下部であまり働いていない食肉用家畜を交配で作るとエサをあまり与えなくてもすぐ大きく育つというような、畜産に関する利用法の可能性もあるとしている。