理化学研究所(理研)と筑波大学は7月17日、短寿命原子核の質量を測定できる「多重反射型飛行時間測定式質量測定器(MRTOF)」を開発し、高エネルギー短寿命イオン「8Li+」の質量を8ミリ秒の飛行時間によって150万分の1の高精度で測定できることを確認したと共同で発表した。

成果は、理研 仁科加速器研究センター 低速RIビーム生成装置開発チームの和田道治チームリーダー、筑波大学数理物質系のピーター・シュリー講師(今回の研究の実施当時は理化学研究所協力研究員)らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国科学誌「Physical Review C」印刷版に掲載されるに先立ち、近日中にオンライン版に掲載される予定だ。

一般に原子核が原子核として存在できるか、存在できたとしてもある寿命でほかの原子核に壊変するか、あるいは永遠に安定に存在できるかは、その原子質量から導かれる結合エネルギーによって決定される。魔法数や変形などの原子核の構造を特徴づける性質も、近傍の原子核間で結合エネルギーを比較することによって見出すことが可能だ。

鉄より重い元素である金やウランは、宇宙での超新星爆発の時などにおいて中性子を多量に吸収し、通常天然には存在しない短寿命原子核を経て、生まれたと考えられている。そのため、この中性子を過剰に含んだ短寿命原子核の質量を測定することは、宇宙における重い元素の起源を探る手掛かりとなるというわけだ。

ただし、こうした原子核の多くは半減期が100ミリ秒から10ミリ秒しかなく、しかも最新の加速器施設を利用しても1時間に1個程度しか生成できない。こうした背景から、短寿命原子核の質量を100万分の1以上の高精度かつ効率的に測定する手法の開発が待ち望まれていたのである。

短寿命原子核を含む不安定原子核の質量測定には、直接測定法と間接測定法があり、短寿命原子核の多くはβ崩壊の最大エネルギーなどによる間接測定法で決定されてきた。しかし、間接法は原子核の崩壊様式による不定性や、誤差の積み重ねの問題がある。

崩壊様式による不定性とは、原子核が壊変する際に必ずしも基底準位から基底準位へ起こるわけではなく、準安定準位間の壊変があり得るため、その励起エネルギーがわからなければ、質量差を導くことができず、その励起準位の存在やそのエネルギーが不明な場合に質量を間違って決定することがあるというものだ。

一方の誤差の積み重ねとは、一般に有限の誤差を持った量を足し合わせて行く場合、その誤差は伝搬法則に従って積み重なり、大きくなることをいう。実際に複数の質量差を積み重ねて安定核から遠く離れた短寿命核の質量を決定した例では、統計誤差の範囲を超えた系統誤差による大きな一定方向のずれが報告されている。間接法はこのような問題を抱えており、より確度の高い直接測定法が求められているというわけだ。

そして直接測定法はさまざまな種類があり、それぞれ特徴を持っている。しかし、精度が要求に満たないことや、高精度でも測定できる原子核の半減期が長いものに限定され、短寿命原子核が測定できないなどの難点があった。現在、世界の研究機関で多用されている「ペニングトラップ質量分析器」は、イオンを磁場中にトラップし、質量に反比例するその固有回転周波数(サイクロトロン振動数)から質量を決定する方式で数1000万分の1の精度で測定が可能だ。しかし、固有回転周波数を高精度で測るには、1秒程度の測定時間が必要であり、ほとんど半減期1秒以上の安定核の測定に使用されてきた。

画像1は、今回開発されたMRTOFを含む、原子核の半減期と質量測定精度の相関図。過去にさまざま研究機関で開発された装置で測定された値から、原子核の半減期を横軸、測定された質量の相対精度を縦軸として、プロットした。一般的な傾向として、より寿命が短くなると質量測定精度は低くなる。仏国のSPEGは、短寿命核でも対応できるが精度が数万分の1程度と低い。独国の蓄積リング装置は、精度が数100万分の1程度まで上がるが短寿命核には対応できない。ペニングトラップは最も高精度だが、測定時間がある程度必要なため短寿命核は測定できなかった。MRTOFは、数ミリ秒の半減期を持つ短寿命核を10-7台の相対精度で測定でき、質量測定手法の飛躍的発展が期待できるのである。

画像1。原子核の半減期と質量測定精度の相関図

こうした中、近年注目を浴び始めたのが、より高精度で短寿命原子核が測定可能なMRTOFというわけだ。理化学研究所のほかに、ドイツの重イオン研究所、スイスCERNのISOLDE研究施設でオンライン試験が進行している。MRTOFは、イオンを蓄積・冷却するトラップ、イオンを往復させる1対のイオンミラー、および検出器という構成だ(画像2)。イオンミラーを使うことで、飛行距離を1km以上に長くするだけでなく、イオンの初期速度の広がりをキャンセルできるという特徴がある。

数ミリ秒間トラップの中でイオンを冷却し、トラップから1500V程度の電圧で引き出す(画像3の1)。その瞬間だけイオンミラーの電位を下げておき(画像3の2)、イオンミラー間に導入し、その直後に入り口を閉鎖(画像3の3)。ミラー間で加減速を繰り返しながら何回も往復したあと、あるタイミングで出口側のミラーの電位を下げる(画像3の4)。するとイオンは外に飛び出し、検出器で到着時刻が測定される仕組みだ。

トラップから引き出した時刻からこの検出されるまでの時間を「飛行時間(TOF)」という。この飛行時間は、等しいエネルギーで飛行させれば、質量の平方根に比例する。そのため飛行時間を精密に測定し、質量が精密にわかっている参照用のイオンの飛行時間と比べることにより、目的のイオンの質量が決定できるというわけだ。

画像2(左):MRTOFの原理を表した概念図。画像3:計測の仕組みを表した概念図

イオンミラーで1回だけ反射させて質量を測定する「リフレクトロン」という装置は古くから使われていたが、より高精度の測定を実現するためには、より長い飛行距離が必要なため、ミラー間を数100回往復させる方式が1990年代初めに、今回の研究チームの一員であるウォルニック客員研究員(当時独ギーセン大学教授)らによって考案された。

今回の研究では、その多重反射型飛行時間測定式質量分析法を応用し、加速器施設で生成される高エネルギーRI(RadioIsotope:放射性同位体、不安定原子核)ビームの質量測定が可能なオンライン質量測定装置(画像4)として開発し、実際に短寿命原子核の質量測定を初めて実証したというわけだ。

画像4(左):実験装置概念図。高エネルギー(10億eV)RIビームは、高周波イオンガイドガスセル中で減速・冷却され、高周波カーペットによって捕集されガスセルから引き出される。また低速(5電子ボルト)RIビームは、RF多重極ビームガイド、四重極質量フィルタを経てイオントラップに蓄積される。数ミリ秒ガスで冷却されたあと、MRTOF飛行部へ入射される仕組みだ。数100回反射を繰り返したあと、MCP検出器で総飛行時間が測定される。画像5:真空槽内部に配置されたMRTOF飛行部の写真。リング状の電極が連なり、ミラー電極を形成しているのが写されている

さらに計測の流れを詳細に説明すると、まず理研の加速器施設の入射核破砕片分離器「RIPS」(加速器を用いて光速の数10%以上に加速された高速の安定核ビームを標的に衝突させて破砕し、その破砕片を多数の電磁石を用いて分離・収束する装置)によって10億eVの8Li+ビームが生成分離され、「プロトタイプSLOWRI(超低速RIビーム生成施設)装置」より低エネルギービームに変換されMRTOF装置に導かれる。

イオントラップ装置に連続ビームを蓄積し、3ミリ秒間冷却したあと、MRTOFのイオンミラーへ導入し、約8ミリ秒の間に880回往復させたあと、出口ミラーを開放し、検出器で飛行時間が測定された。約150個のイオンでその測定を繰り返し、その時間スペクトル(画像6)から飛行時間として7996960.8±1.3ナノ秒を計測。

同様の測定を参照イオンである12C+(炭素イオン)に対しても880回往復させて測定し(画像7)、その飛行時間の比から、の質量が8.0224882±0.0000017uであることが確かめられたというわけである。この質量決定の相対精度は0.66ppmであり、文献値との差は0.1ppmだ。

8Li+と12C+両イオンをイオントラップから引き出した時刻をそれぞれ時刻0とし、検出器に到達した時刻をヒストグラムにプロットした、飛行時間スペクトル。画像6(左):半減期0.8秒の短寿命原子核8Li+イオンのスペクトルで、約150個のイオンの飛行時間の分布から、飛行時間が7,996,960.8±1.3ナノ秒と求められた。画像7:安定な質量標準イオン12C+のスペクトル。実際には8Liと12Cを交互に複数回測定し、より高精度で双方のイオンの飛行時間の比を求め、質量を決定した

今回の研究で開発し、実際に入射核破砕片分離器で生成分離された10億eVの短寿命原子核の質量測定に成功したオンラインMRTOFは、半減期10ミリ秒の短寿命核であっても、数100万分の1の精度で質量測定可能であることを実証したことに相当するという。

理研仁科加速器研究センターでは、今回のオンライン質量測定の成功を経て、2つの本格的質量測定プロジェクトをスタートさせる予定だ。1つは、理研が保有する気体充填型反跳核分離器「GARIS」で生成される超重元素の精密質量測定である。この装置は、113番元素の発見で著名な装置であり、さまざまな超ウラン元素を生成することが可能だ。

それらの元素の同位体の多くは質量が直接測定されていないため、その質量を精密に測定することは、超重元素が存在できる仕組みを解明する重要な鍵となる。さらに将来、現在の超重元素よりさらに重い超重元素が多数存在すると予測されている「安定の島」への道筋を決める重要なデータとなるという。

なお安定の島とは、現在、天然のものと人口に合成したものと合わせて元素は原子番号118番まであるが(理研が発見して命名権を得られる公算が高い113番に加え、115番、117番、118番はまだ正式に認定されていないため、正式名称がない)、原子番号が大きくなってくると、どの元素も安定同位体(安定原子核)がなく、放射性同位体ばかりとなってくる。しかも、中には半減期がマイクロ秒単位という、とてつもなく短命なものも多い。

しかし、陽子や中性子がある特定の数の組み合わせの時に原子核が特に安定となる「魔法数」に代表される「殻効果」によって結合エネルギーが高まることがあり、まだ合成に成功していない119番以降の元素の中にも安定同位体の存在する元素があり得るといわれている。現在のところ最も大きな魔法数が126であることから、原子番号126番元素(陽子の数が126)が安定同位体の存在する可能性が最も高いと考えられている。その周囲を放射性同位体が海のように囲んでいることから、安定の島という表現がされているのである。

もう1つのプロジェクトは、2013年度より整備が始まったSLOWRIにおける、中性子過剰短寿命核の網羅的質量測定だ。SLOWRIは、RIBFの新型の入射核破砕片分離器「BigRIPS」で生成されるあらゆる元素のRIビームを減速冷却して低エネルギーRIビームに変換する機能と、ほかの実験で捨てられているRIを有効活用して低エネルギーRIビームに変換する機能を有しており、およそ1000種類の質量未知核種(既存の多くの元素に、未発見(合成に成功していない)の同位体が数多く存在する)を、MRTOF質量測定装置に提供することが可能だ。これらの核種は中性子過剰短寿命核を多く含んでおり、重元素の合成の仕組みの解明に大きな寄与をすることが期待できるという。

さらに、MRTOFの重要な特徴の1つは、質量数1000以上の分子イオンでも高い質量測定精度を維持できることだ。これによって分子イオンの質量を精密測定することにより、質量だけからその分子の組成を決定することができるようになるという。これは生物・化学分野に置ける新しい分析法としての応用に貢献できるとしている。