東京大学 宇宙線研究所(ICRR)は7月11日、ICRRを中心とする国際研究チームによる「チベットASγ実験」において地球に届く「銀河宇宙線」が太陽によって遮られる現象である「太陽の影」を1996年から2009年まで観測して解析し、その大きさが11年の太陽活動周期と相関して変化していることを発見、また太陽の影の変化を利用して、太陽近傍の磁場構造を予測する2つの理論モデルを検証した結果、太陽近傍の電流が磁場構造に与える影響を考慮した「CSSSモデル」が同実験結果をよく再現することがわかったと発表した。

成果は、東大名誉教授の湯田利典氏、ICRRの瀧田正人准教授、同・大西宗博助教、川田和正特任助教らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、7月1日付けで「Physical Review Letters」に掲載済みだ。

地球に磁場があるように、太陽にも北極と南極を持つ強大な磁場が存在する。さらに太陽-地球間を含む惑星間空間には、プラズマ流の太陽風とそれに付随する大規模な磁場構造が存在し、ほぼ11年の太陽活動周期で南北の極を入れ替えながら変動を繰り返しているのが特徴だ。

この太陽圏の磁場構造は、1958年にパーカーの提唱によって、太陽表面から出た磁場が太陽風に乗って惑星間空間を伝わり太陽圏全体を複雑に満たしているものと考えられている。太陽表面の磁場は、特殊な光学望遠鏡で詳細に観測することができ、近年の観測衛星「ひので」などが目覚ましい成果を上げているところだ。また、人工衛星によって地球衛星軌道上の磁場の直接観測も行われている。

しかし、太陽表面から地球の間の磁場は直接観測が難しく、さまざまな理論モデルよって推定されているのが現状だ。惑星間空間の磁場の観測としては、宇宙探査機であるユリシーズやボイジャーなどにより、太陽から離れた場所の観測があるものの、特に太陽近傍は高温・高放射線の過酷な環境であるために最新の宇宙探査機であっても近づくことができず、情報が不足している。

ICRRを中心とする国際研究チームによるチベットASγ実験は、中国チベット自治区の標高4300mの地点に、高エネルギーの宇宙線を観測する「チベット空気シャワーアレイ」を設置し、宇宙線の方向とエネルギーを常時モニターしている。1990年に観測を開始し、粒子検出器アレイとしては世界で初めてガンマ線源を特定するなど、高エネルギー宇宙線観測で数々の実績を残している施設だ(画像1・2)。

画像1。チベットASγ実験の「空気シャワー観測アレイ」全景

画像2。空気シャワー観測アレイでの観測の模式図。宇宙線が地球の大気と衝突してできるシャワー状の粒子(赤の細線)を検出器で観測

これらの高エネルギー宇宙線は主成分は陽子(水素原子核)で、人類の住む天の川銀河の中で起きた超新星爆発などで生成されるとされ、非常に長い時間を変えてもかけて地球に到来する銀河宇宙線だ。太陽方向から到来する銀河宇宙線を観測すると太陽によって遮られるために、宇宙線の数の減少が見られる。これが太陽の影だ(画像3)。

画像3。太陽によって銀河宇宙線が遮られる現象を太陽の影と呼ぶ。宇宙線は電気を帯びているために太陽磁場によって大きく曲げられる

いうまでもないが太陽は普通に見れば明るく輝いているが、太陽方向を宇宙線観測装置で観測するとダークスポットとして太陽の影が観測されるのである。この太陽の影を1996年から2009年まで連続的に解析した結果、「太陽の影」の大きさが11年の太陽活動周期と相関して変化していることが発見された(画像4~6)。これは、11年周期の太陽活動の変化と共に太陽磁場構造も変化していることを示している可能性が高いという。

1996年(画像4(左))、2000年(画像5(中))、2008年(画像6(右))にチベット空気シャワーアレイで観測した太陽の影。中心が太陽の位置。色が濃いほど宇宙線の遮られる量が多い。1996年から2006年頃が太陽の1活動周期に相当する

銀河宇宙線の主成分である陽子はプラスの電気を帯びているために、電気的に中性な光とは異なり、太陽の近くを通るとその強大な磁場によって曲げられる。つまり、太陽磁場構造に変化があると、銀河宇宙線中にできる太陽の影にも変化が現れるというわけだ。一方で、地球からはほぼ同じ大きさに見える月によっても宇宙線が遮られ「月の影」が観測される。しかし、月にはほとんど磁場が存在しないために月の影の大きさは常に一定だ。

今回の研究では、この太陽磁場構造の変化に伴う太陽の影の変化を利用し、太陽近傍の磁場構造を予測する2つの理論モデルの検証が行われた。1つは太陽近傍を流れる電流は局所的には磁場構造に影響しないとする「PFSSモデル」(画像7)で、他方は電流が磁場構造に反映するように構築されたCSSSモデルである(画像8)。

2つの理論モデルによる1996年の太陽磁場構造。内側の球が太陽。赤線が太陽から出る磁力線。青線が太陽に入る磁力線画像7(左):PFSSモデル。画像8:CSSSモデル

これらの2つの磁場モデルを用いて、地球太陽間の銀河宇宙線の軌道をコンピュータ・シミュレーションした結果(画像9・10)、CSSSモデルの方が「太陽の影」の実験結果をよく再現することがわかった(画像11・12)。宇宙探査機ユリシーズが観測した太陽から遠く離れた磁場構造もCSSSモデルの方がよく再現することが知られており、この結果を強力にサポートする。

コンピュータ・シミュレーションによる2つの磁場モデルにおける太陽近傍の宇宙線の軌跡。赤が宇宙線の軌道。青丸(実線)が太陽の大きさ。ずっと右側に地球がある。画像9(左):PFSSモデル。画像10:CSSSモデル

太陽の影の大きさの年変化。CSSSモデルの方が観測データをよく再現する。画像11(左):PFSSモデル画像12:CSSSモデル

今回の成果は、14年間にわたる宇宙線データの蓄積と、電荷を持つ宇宙線が磁場中で曲げられることを利用したもので、長期間の宇宙線の連続観測がカギとなったという。また、銀河宇宙線中にできる太陽の影を利用して、太陽近傍の磁場構造の検証を行った世界で初めての成果だとしている。

地球-太陽間の磁場構造の理解は、人類の宇宙進出を支える基礎知識の構築にとって重要だ。近年では太陽活動に伴う太陽風の擾乱や太陽フレアに伴う高エネルギー放射線の到来などを予測する宇宙天気予報や、それらが地球環境に及ぼす影響などの研究が盛んに行われており、今回の研究成果はまだ謎の多い惑星間空間の太陽磁場構造を探るための新手法を提供するという。

今回の研究では銀河宇宙線中にできる太陽の影の大きさの変化が注目された形が、太陽の影の位置や形の変化からも、太陽磁場構造の情報を引き出すことが可能だ。今後、さらに観測精度を上げることで、多様な太陽磁場構造の理論モデルの検証が可能となると期待されるとしている。