京都大学(京大)は、生物の社会性の進化を説明する中心理論である「血縁選択理論」を2倍体の生物で検証する方法を確立し、シロアリの社会に血縁選択がはたらいていることを実証することに成功したと発表した。

同成果は同大の松浦健二 農学研究科教授、小林和也 産学官連携研究員、北海道大学の長谷川英祐 准教授、静岡大学の吉村仁 教授、ノースカロライナ州立大学のエドワード・バーゴ 教授らによるもの。詳細は英国科学誌「Nature Communications」電子版に掲載された。

ダーウィンの自然選択理論は、より多く子供を残すような(適応度が高い)性質が進化すると予測しているが、アリやハチ、シロアリなどの社会性昆虫では、働きアリは自分では繁殖せず、もっぱら女王(シロアリでは王も存在)の繁殖を手助けしていることが知られている。

なぜ自分で子を産まない働きアリが進化したのかについては、これまで働きアリは自分の親の繁殖を助け、同じ遺伝子を共有する兄弟姉妹を増やすことで、次世代に自分の遺伝子をより多く残す戦略をとっているという説が提唱されてきた。実証研究では、アリやハチなどの半倍数性(メスは2倍体、オスは半数体)では、働きアリ(娘)にとって弟よりも妹の方が自分と同じ遺伝子を持っている確率(血縁度)が高くなることから、もし血縁選択理論が正しいのであれば、働きアリにとって弟よりも妹の価値が高くなり、妹を育てるのにより多くの資源を投じることが予測され、実際に、アリやハチの性比がメスに偏ることが示されており、血縁選択理論を支持する強い証拠として考えられてきた。

しかし、同じく高度な社会を発達させながらハチ目とはまったく独立に高度な社会性を発達させたシロアリは、ヒトと同じように両性とも2倍体であり、ハチ目のように血縁度が弟と妹で異なるような状況はないことから、性比を手がかりにして血縁選択理論を検証するといった半倍数性の生物と同様の方法で血縁選択理論を検証することはできなかった。

アリ・ハチの仲間とシロアリの遺伝様式の比較

アリ・ハチの仲間とシロアリの血縁関係の比較

今回の研究では、もしシロアリの社会にも血縁選択がはたらいているならば、単に子どもの数を増やすというだけではなく、自分の遺伝子をより多く伝える子どもにより多く投資することが予測されることから、その検証に向け、巣の中で起きる近親交配と羽アリの性比に着目し、血縁選択理論の実証が行われた。

シロアリの巣は、オスとメスの羽アリがペアになり、そのペアが創設王と創設女王になり、産まれる子は働きアリ、兵隊アリ、そして新たな羽アリとなり、創設王や創設女王が死亡すると、巣のメンバーの中から新たな王や女王が出現して、二次王、二次女王として繁殖を引き継ぐ。その際、創設王と創設女王で寿命が異なる場合、父-娘、母-息子の近親交配のどちらか一方が起きやすくなり、例えば、創設女王の寿命が創設王の寿命より長い場合、母-息子の近親交配が生じ、それによって産まれる子どもは、創設女王の遺伝子を創設王の遺伝子よりも3倍多く持っていることになり、創設王よりも創設女王の方が、より多く次世代に遺伝子を残すこととなる。

性非対称な近親交配(母-息子交配)によって生じる遺伝子伝達率の性差

この場合、巣のメンバーにとって、オスの羽アリを作るより、メスの羽アリを多く作る方が自分たちの遺伝子を次世代に伝える上で有利になることが考えられることから、研究では、血縁選択理論に基づいて、どのようなタイプの近親交配が起きているとき、どのような性比の配分が有利になるかについて、数理モデルを構築して理論的な予測が行われた。

日本に広く分布しているヤマトシロアリなどでは、女王が自分の後継者となる女王を単為生殖で生産するという繁殖様式が報告されるようになっており、その場合、創設女王が死亡しても、その分身が次の女王となるため、女王は遺伝的には不死身となる。そのため、このような種では、母-息子の近親交配の方が父-娘の近親交配よりもずっと起きやすい状況にあり、数理モデルの予測からも、単為生殖による女王継承システムをもつ種では、羽アリの性比がメスに有意に偏っていることが示された。しかし、女王が単為生殖能力を持たない種では、そうした偏りは見られなかったという。

シロアリの単為生殖による女王継承システム

この結果は、シロアリたちが、自分たちの遺伝子の運び手として、より優れた方の性に多く投資することで、包括適応度をより高めていることを示すものだと研究グループでは説明しており、両性とも2倍体の生物でも血縁選択が働いていることを示す証拠であり、昆虫の社会進化における血縁選択の重要性を支持するものになるとする。

性比のシロアリ種間比較。白抜きのバーは、単為生殖による女王継承を行う種、黒塗りのバーは単為生殖能力を持たない種

なお研究グループは今回の研究について、両性2倍体のシロアリでは、半倍数性のアリやハチのような兄弟姉妹間での血縁度の非対称はないが、性非対称な近親交配(SAI:Sex-Asymmetric Inbreeding)が遺伝子伝達率に性差を生み、性比の偏りをもたらすことを示すものであり、同手法を用いることで、シロアリ以外のさまざまな2倍体生物においても血縁選択を検証することが可能になったとするほか、今回の成果は、生物の性比の偏りをもたらす新たな理論を提示するものであり、幅広く生物の行動進化の理解に貢献するものであることから、今後、今回提示された新たな理論と実証手法が、多くの生物の研究に活用されることが期待されるとしている。