理化学研究所(理研)は6月24日、米国国立衛生研究所(NIH)との共同研究により、アフリカ系米国人における抗凝固薬「ワルファリン」の効きやすさに関わる「一塩基多型(SNP)」を発見したと発表した。

成果は、理研 統合生命医科学研究センターの久保充明副センター長、同・センター ファーマコゲノミクス研究チームの莚田泰誠グループディレクターらの研究チームが、NIH 薬理遺伝学研究ネットワーク(PGRN)と共同で実施している「国際薬理遺伝学研究連合(GAP)」のプロジェクトによるもの。研究の詳細な内容は、6月5日付けで英科学誌「Lancet」に掲載された。

ワルファリンは、経口投与可能な「血栓塞栓症」治療薬として世界的によく使用されている重要な抗凝固薬だ。しかし、1日の投与量が人によって0.5mg程度だったり10mgだったりと、効き目の個人差が大きく、投与量のコントロールが難しい点が難点となっている。そのため、実際のワルファリン治療では、患者から採取した血液が凝固する時間を標準化した指標「国際標準化比(INR)」による血液凝固能のモニタリングが必須だ。

通常、外来患者の場合は、初回投与量1~2mgでワルファリン導入を開始し、INRが目標範囲に入るように投与量を調整するが、微調整がうまく行かない場合、脳出血や消化管出血などの重大な副作用につながってしまう。また、多量のワルファリンが必要な患者の場合は、適切な投与量に到達するまでに長期間かかることもあり、その間に血栓ができる、というリスクを抱えることになるという問題を抱えていた。

一方、これまでの研究から、ワルファリンの効きやすさに関連する遺伝子として、「VKORC1」や「CYP2C9」が発見されている。VKORC1は、ビタミンK依存性の血液凝固因子(「プロトロンビン」、「第X因子」など)の活性化に必要な還元型ビタミンKを生成し、ワルファリンはVKORC1を阻害することで抗凝固作用を発揮する仕組みだ。

また、CYP2C9はワルファリンを分解する主代謝酵素であり、経口投与されたワルファリンが消化管から吸収された後、肝臓に存在するCYP2C9によって「7-水酸化体」に代謝されて抗凝固活性を失う。2009年に共同研究チームは、世界中から約5000人分のデータを収集し、CYP2C9とVKORC1の「遺伝子多型情報」と、年齢、身長、体重、人種などの情報を基に計算式を構築し、各人種のワルファリンの適切な投与量を予測することに成功している。しかし、アフリカ人における投与量の予測精度は欧米人やアジア人に比べて低いものだった。

そこで研究チームは、アフリカ系米国人のワルファリン投与患者533人について、全ゲノム上の約60万カ所のSNPを対象とした「ジェノタイピング」による「ゲノムワイド関連解析(GWAS)」を実施。その結果、新たに第10番染色体に位置するSNP「rs12777823」が、アフリカ系米国人のワルファリンの効きやすさに関連していることを発見したというわけだ。

このSNPにおいて、塩基の1つである「アデニン(A)」を2つ持っているAA型や、アデニンの1つが同じく塩基の1つである「グアニン(G)」に変化したAG型の患者では、それぞれ1週間あたり9.34mgと6.92mgのワルファリンの減量が必要であることが示された(画像1)。そして、この新規SNPの情報をワルファリンの適切な投与量の計算式に組み込むことで、計算式の精度は21%改善された。

画像1。AA型とAG型それぞれの患者の1週間あたりに必要なワルファリンの減量

rs12777823の近傍には、ワルファリンの主代謝酵素であるCYP2C9をはじめ、「CYP2C19」、「CYP2C8」、「CYP2C18」などの重要な薬物代謝酵素遺伝子が存在することから、rs12777823はこれらの遺伝子の働きに影響することが想定された。そこで、ワルファリンの薬物動態解析が行われたところ、AG型とAA型の患者の経口クリアランス(ある一定の時間に薬物が代謝・排泄される量のことで、小さいと代謝活性が低く血中濃度は高くなる)は、それぞれGG型に対して77%と67%であることが判明。つまり、rs12777823においてアデニンを持つ患者は、肝臓におけるワルファリンの代謝活性が低いため、血中ワルファリン濃度が高くなる結果、投与するワルファリン量は少なくて済むと考えられるとした。

今回発見された新規SNPの情報を組み込んだワルファリンの投与量の計算式を用いることにより、ワルファリンを個人にあった適切な量で投与できるようになる形だ。出血性の副作用の回避や個人個人に最適なワルファリン療法の確立に向けた有用な成果といえるとしている。