物質・材料研究機構(NIMS)は6月17日、独自開発した「分子軸方位」を制御した酸素ビームを用いて、アルミニウム表面酸化の動的過程を解明する決定的証拠を示し、20年間続いた反応機構の議論に決着をつけることに成功したと発表した。

成果は、NIMS 極限計測ユニットの倉橋光紀主幹研究員、同・山内泰グループリーダーらの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、6月13日付けで「Physical Review Letters」オンライン版に掲載された。

アルミニウムは酸素に対して高い活性を持つ金属であるが、表面に形成される緻密な酸化膜が空気中の酸素などによる腐食の進行を防止するため、腐食に強い軽量金属材料として広く利用されている。一方、アルミニウム表面酸化は、表面科学で最初に解決すべき基本問題として長年詳しく研究されてきた。しかし、酸素分子が表面に吸着・解離する原子レベルの過程に関しては、過去の実験や理論解釈が相互に矛盾し、全体像が描けない状況が20年以上続いている。

その謎の発端となったのが、1992年に報告された走査型トンネル顕微鏡(STM)による成果だ。酸素は2原子分子であるのに、吸着の結果、酸素原子が1個だけ表面に残されるという結論が出され、その後に吸着の際に表面から真空側に飛び出る酸素原子が別グループによって観測された。これらの結果は、画像1に示されている「引き抜き」機構によると説明され、多くの支持を集めた。しかし、STM像解釈を巡って論争もあり、矛盾する理論研究もあることから、この反応機構の正当性は専門家からは疑問視されてきた。

画像1。従来の研究のアルミニウム(111)表面への酸素分子吸着機構は、「引き抜き」とされてきた

一方、アルミニウムは酸素に対して大変活性が高いにも関わらず、酸素ガスとの反応では表面に飛来する酸素分子の1/10も反応しないという特徴がある。この低い吸着確率の起源も理解されていなかった。

研究チームは、この反応機構に決着をつけるため、吸着確率の「分子軸方位依存性」に着目した。なお分子軸方位とは、酸素を例に取ると、酸素分子は2個の酸素原子で構成される直線分子であり、この2個の原子を結ぶことをいう。提案された「引き抜き過程」(画像1)は、分子軸が表面垂直の場合に起きる。もしこの過程が起きていれば、表面反応確率は分子軸が表面垂直の場合に高いはずだ。しかし、吸着確率の軸方位依存性が測定されたところ、運動エネルギー0.2eV以下の分子は、軸が表面平行に近い場合にのみ反応することが判明したのである(画像2~4)。

画像2(左):アルミニウム(111)表面への酸素分子吸着確率の立体配向依存性。「Helicopter配置」(画像3(中))では「分子軸」は主に表面平行、Perpendicular配置(画像4(右))では主に垂直となる

過去のSTM実験で用いられた酸素ガスの場合、分子の運動エネルギーは0.1eV以下だ。このような低エネルギー条件では、表面平行に近い酸素分子が反応し、隣接する2個の吸着原子を表面に生成するという反応機構が正しいことを今回の研究は結論づけている(画像5)。低エネルギー条件で酸素分子の吸着確率が低いことも謎の1つであったが、軸方位が表面平行に近い一部の分子しか表面と反応できないためである、と説明できるという。

画像5。今回の研究によるアルミニウム(111)表面への酸素分子吸着機構の「解離過程」

この一見単純な反応機構が解明できなかった理由は2つある。1つは、過去の研究が吸着酸素のSTM像に含まれる原子数を1個とカウントした点だ。その点に関して異議を唱えた研究報告ひとりいたが、最初の解釈が信用され続けた。

そしてもう1つは、このSTM解釈と矛盾しない引き抜き反応(画像1)が近いエネルギー条件で起こり、観測された点にある。画像2に示されているように、運動エネルギーが0.3eV以上では、軸が表面垂直の分子も高い確率で吸着して引き抜き反応を起こす。この過程が過去に観測され、低エネルギー条件での主過程と解釈されたのである。

直感的には表面平行配置が反応に有利に思えるが、実際には画像4が示すとおり、分子軸が表面平行と垂直の場合で反応の活性化エネルギーは0.1eVしか異ならない。従って、低エネルギー条件で反応の分子軸方位依存性を精密に測定しなければ、この問題は議論できない。この事情が反応機構の解明を今日まで遅らせたと考えられるという。

酸素分子吸着は材料そのものの酸化以外に、燃料電池電極や光触媒表面での触媒反応でも重要な過程だ。今回示されたように、低い吸着確率の裏には強い立体効果がある。酸素分子を効率よく吸着・解離させる触媒として白金、パラジウムなど高価な希少金属が使用されており、これらに代わる触媒開発が喫緊の課題となっている。立体効果の計測は代替触媒材料の研究にも役立つと考えられるとした。