東北大学は6月21日、スピントロニクス材料中に流れるスピン流の定量的評価に成功したと発表した。

成果は、同大 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 陳林助手、松倉文礼教授、同大 電気通信研究所 大野英男教授(兼 同大 省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター センター長、同大 原子分子材料科学高等研究機構 主任研究者)らによるもの。詳細は、英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載された

「スピントロニクス」は次世代エレクトロニクス技術として、電子の持つスピンの性質を活用して高機能素子を実現しようという研究分野で、電荷の流れ(電流)に加えて、スピンの流れ(スピン流)を利用するというものだ。スピン流は、省電力素子や熱電素子への応用が期待され、世界中でスピン流を応用するために必要とされるスピンを電気的に制御する技術やスピンの流れ(スピン流)と電荷の流れ(電流)を相互変換する技術などの研究が行われており、中でも電流を伴わないスピン流は、「純スピン流」と呼ばれ、物質の電気抵抗に起因するエネルギー損失が理想的にはゼロであるため注目を集めている。

純スピン流は、逆スピンホール効果により非磁性体中で電流に変換されるため、非磁性体中の電圧として検出されるが、強磁性体と非磁性体の積層構造においては、2層が電気的に短絡(ショート)しているので、強磁性体中で電流磁気効果により発生する電圧も非磁性体で観測される電圧に重畳することになる。

これまで進められてきた多くの研究において、この電流磁気効果で発生する電圧について定量的に深く考察されることはなかったが、今回、研究グループでは、比較的大きな磁気電流効果を示すことが知られている強磁性半導体(Ga、Mn)Asを用いた(Ga、Mn)As/非磁性p型GaAsの積層構造をモデル系として用いることで、(Ga、Mn)Asが強磁性共鳴状態にある時にp型GaAs中で検出される直流電圧には、逆スピンホール効果に起因する電圧成分に加え、電流磁気効果に起因する電圧成分があることを明らかにし、その定量的評価を行った。

外部磁界を掃印した際に強磁性共鳴磁界付近で生じると予測される逆スピンホール効果、プレナーホール効果、異常ホール効果による直流電圧の計算結果と、実際の実験を比べてみたところ、これらの信号が重畳した形状の信号が観測されたが、逆スピンホール効果とプレナーホール効果が同一の信号形状を持つため、同測定からだけでは2つの効果により生じる信号の分離はできないことから、研究グループでは、逆スピン・ホール効果とプレナー・ホール効果による信号強度の外部印加磁界角度依存性の計算結果から、信号強度の外部印加磁界角度依存性が異なることを導き出し、その違いを利用して実験的に2つの信号が分離できることを示した。

図1 測定に用いた試料構造と強磁性共鳴時に観測されると予想される直流電圧の模式図。逆スピンホール効果とプレナーホール効果に対しては共鳴磁界に関して対称、異常ホール効果に対しては反対称な直流電圧が観測される

さらに、ここで用いられた材料系においては、逆スピンホール効果による電圧は電流磁気効果による電圧の10%以下であり、純スピン流の定量的評価には電流磁気効果を含めた解析が必要であることが示されたという。

図2 対称成分を構成する逆スピンホール効果とプレナーホール効果による直流電圧(マイクロ波吸収係数で規格化)の外部磁界角度依存性。角度0度を試料表面の垂線方向に取っている。2つの信号成分はこの角度依存性の違いを用いて分離できることが示された

今回の研究において研究グループは、純スピン流のより正確な定量的評価手法が確立されたとしており、これにより、純スピン流と電流の間の相互変換効率についての正確な評価が可能性になるとのことで、今後、同手法をスピン流を利用するスピントロニクス素子に要求される材料パラメータの評価に応用することで、スピン流の物理的理解およびスピントロニクス材料開発を促進させることにつながることが期待されるとコメントしている。