岡山大学と神戸大学は5月28日、骨を構成する「骨細胞」が、すべての血液細胞の元となる「造血幹細胞」の機能制御に関与していることを動物実験において究明したと共同で発表した。

成果は、岡山大 大学院 医歯薬学総合研究科 血液・腫瘍・呼吸器内科学の淺田騰大学院生、同・谷本光音教授、神戸大医学部附属病院 血液内科の片山義雄講師らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米科学雑誌「Cell Stem Cell」に近日中に掲載される予定だ。

すべての血液細胞は、骨髄に存在する造血幹細胞から作られる。造血幹細胞は骨髄中にランダムに分布するのではなく、「ニッチ」と呼ばれる特定の居場所に存在する。その造血幹細胞の移植を必要とするのが白血病を代表とする血液疾患だ。近年ではその根治治療として、健常人ドナーから造血幹細胞を採取して患者に移植する骨髄移植が広く行われている。

骨髄移植の際に骨髄中の造血幹細胞を採取する方法は大別して2種類あり、1つが骨髄に針を刺して直接採る方法だ。もう1つは、「サイトカイン」(細胞間でやり取りされる多様な生理活性を持つタンパク質の1種)の1種である「顆粒球コロニー刺激因子(Granulocyte colony-stimulating factor:G-CSF)」を投与して造血幹細胞を骨髄中のニッチから引き離し、末梢血(全身を流れる血液)に大量に誘導(この現象を「動員」と呼ぶ)し、それを採取するという方法だ(画像1)。

画像1。G-CSFによる造血幹細胞の動員

近年では、G-CSFを使って末梢血中に動員したドナー造血幹細胞を採取する方法が広く用いられているが、実はG-CSFを投与するとなぜ造血幹細胞が骨髄中のニッチを離れ、血液中に出てくるのかという肝心のメカニズムは完全には解明されていないのである。

今までに、骨を作る細胞である「骨芽細胞」が造血幹細胞ニッチであり、G-CSFによる造血幹細胞動員メカニズムに関わることや、骨を壊す働きのある「破骨細胞」が動員に関わることが報告されており、骨の細胞とG-CSFによる造血幹細胞動員には深い関連があることが示唆されていたが、骨の内部に存在する骨細胞(骨芽細胞の最終分化段階の細胞)の機能については検討されていなかった。

骨の中には骨細胞が数多く存在し、同細胞は特徴的な細胞突起を持つ。それを介して隣り合う骨細胞同士、あるいは骨表面にある骨芽細胞と手をつなぎ、ネットワークを形成してコミュニケーションしている(画像2・3)。研究チームはこの骨細胞ネットワークに注目し、今回、これが造血に与える影響を検討した形だ。

画像2(左):骨髄と骨組織の境界部の拡大図。画像3:骨細胞の拡大図 (出典:As ada et al,CellStemCell,Figure2C)

まず始めに、臨床でヒトに投与するのと同じタイミングでマウスにG-CSFを投与し、骨細胞の変化が検討された。すると、G-CSF投与により骨細胞が抑制を受けていることが判明。画像4と5はG-CSFによる骨細胞突起の変化を撮影したものだ。G-CSF投与群(画像4)では、投与対照群(Vehicle:画像5)と比較して骨細胞の突起が細くなっており、G-CSF投与により骨細胞が影響を受けていることがわかる。

また、このG-CSFによる骨細胞の抑制が外科的に神経を切ったマウスでは消失していたこと、さらに骨細胞が「β2アドレナリン受容体」を持っていたことから、G-CSFによる骨細胞の抑制は「交感神経シグナル」により引き起こされていることが推測されるという。

G-CSFによる骨細胞突起の変化。G-CSF投与群(画像4(左))では、投与対照群(Vehicle:画像5)と比較して骨細胞の突起が細くなっており、G-CSF 投与により骨細胞が影響を受けていることがわかる (出典:Asada et al., CellStemCell,Fig4A)

次に、ジフテリア毒素受容体を骨細胞のみに発現させた遺伝子組換えマウスを用い、骨細胞だけを除去したマウスで、G-CSFによる動員効率の検討がなされた。すると、骨細胞を除去したマウスではG-CSF投与によって造血幹細胞が血液中にほとんど誘導されず、この機構に骨細胞ネットワークが重要であることがわかったのである(画像6・7)。

骨細胞が正常でないと、G-CSFによる造血幹細胞の動員が起こらない。画像6(左):骨細胞を選択的に除去したマウスでは、骨細胞のネットワークが壊れてしまっている。画像7(右):骨細胞を除去したマウスにG-CSFを投与しても、造血幹細胞が骨髄から血液中に出てくることができなかった

さらに、骨細胞を除去したマウスでは、造血幹細胞ニッチに関係していることがいわれている骨芽細胞や骨髄マクロファージの障害をみとめ、骨細胞は、骨芽細胞や骨髄マクロファージ等の造血幹細胞ニッチ関連細胞に影響を与え、造血幹細胞の動員を制御しているということがわかった(画像8~10)。

今回の研究をまとめた模式図。画像8(左):造血は、神経、骨といった多臓器からの複雑なコントロールを受けており、今回の研究ではこの中に新たなプレーヤーである骨細胞を登場させた形だ。
画像9(中央):定常状態では、造血幹細胞は骨髄中で骨芽細胞ニッチに存在する。骨芽細胞ニッチは、骨細胞や骨髄マクロファージからサポートシグナルを受けていることが考えられるという(赤矢印)。
画像10(右):G-CSF製剤を投与すると交感神経からカテコラミンが放出される。このシグナルを受け取った骨細胞が抑制され、骨芽細胞へ送るサポートシグナルが弱くなり、さらに骨芽細胞自身もカテコラミンシグナルを受けて弱るという仕組みだ。また、G-CSF自身が骨髄マクロファージを弱らせることも知られており、最終的に骨芽細胞ニッチは3つの経路すべてで造血幹細胞を手放しやすくなり、その結果、造血幹細胞が血液中に流れ出すのである (出典:Asada et al., CellStemCell, Graphical abstract。研究グループにより改変)

以上のことから、骨に埋もれている骨細胞が骨髄の中にある造血幹細胞ニッチに影響を与え、G-CSFによる造血幹細胞の動員をコントロールしていることが明らかになった。

今回の研究により、造血システムが神経系や骨組織という多臓器からの影響を受け、複雑に制御されていることが明らかとなった。G-CSFによる造血幹細胞動員メカニズムの理解が大きく深まったことにより、この治療を受けるドナーや患者へのより明確な説明ができるようになり、また動員効率を上げ、ドナーへの負担がより少ない治療へと改善するための研究の大きな足がかりになるとしている。

また骨細胞は重力などの荷重を感知するセンサとしての役割があることが解明されており、今回の研究結果は、寝たきり状態や宇宙空間での無重力状態などが造血免疫システムに与える影響などの理解へつながることも期待できるとした。