岩手医科大学と基礎生物学研究所(NIBB)は5月31日、「赤外レーザー照射顕微鏡(InfRared Laser Evoked Gene Operator:IR-LEGO)」を用いて、ゼブラフィッシュの個体内で血管内皮細胞を対象に1細胞レベルで遺伝子発現を最大60%の高効率で誘導することに成功したと共同で発表した。

成果は、岩手医科大 解剖学講座の木村英二助教、NIBB 生物機能解析センターの亀井保博特任准教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国科学誌「Arteriosclerosis, Thrombosis, and Vascular Biology」2013年6月号に掲載される予定だ。

個体発生の過程で、血管系は決まったタイムコースに従い、決まった形を作り上げていく。その形態形成メカニズムを明らかにするためには、個体内で時間・空間的に1細胞レベルで目的遺伝子の発現を制御する必要があるが、既存の方法では十分にこれを達成することができていなかった。

そこで研究チームは今回、1細胞で遺伝子発現誘導を可能にするIR-LEGOの開発グループと共同で新たな実験系の樹立を試みることにした。IR-LEGOとは、赤外レーザーを照射することで局所的に細胞を温めて、熱ショックプロモータ下流の目的遺伝子の発現を誘導するシステムである。

このシステムに血管内皮細胞の核で特異的に蛍光を発する遺伝子組み換えゼブラフィッシュを組み合わせることで、個体内の血管内皮細胞に効率よく赤外レーザーを照射し、遺伝子発現を誘導できるシステムが構築された形だ(画像1)。

画像2は、ゼブラフィッシュの個体内における遺伝子発現の誘導の様子。単一の血管内皮細胞で蛍光タンパク質「mCherry」の発現誘導に成功したところだ。(A)は、すべての血管内皮細胞の核で緑色蛍光タンパク質(EGFP)が発現しているところ。(B)は、赤外レーザーにより単一の内皮細胞のみに赤色蛍光タンパク質の発現を誘導したところ。(C)AとBを合成したもの。

これまでのIR-LEGOではメダカやゼブラフィッシュなどの脊椎動物が対象の場合、1細胞レベルで効率よく遺伝子発現を誘導することは困難であったが、今回のシステムでは、条件を最適化することで最大で60%の効率で、標的細胞の遺伝子発現が誘導されることが確認されたのである。

画像1。赤外レーザーにより単一標的細胞で遺伝子を発現誘導するメカニズム

画像2。ゼブラフィッシュの個体内における遺伝子発現の誘導の様子

また、蛍光タンパク質を誘導することで、特定の細胞を標識し、その後の追跡が可能となるが、これにより脳と脊髄の血管系がどのようにしてつながっていくのか、その連結に関わる細胞を明らかにすることにも成功した。一方、赤外レーザーの照射条件を変えることにより、瞬間的に細胞を破壊(焼却)することも可能となり、1細胞レベルで発生途中の血管内皮細胞を破壊し、その後の形態形成への影響を評価することにも成功している。特定の細胞を局所的に破壊する方法は、再生過程の解析にも有用となるという。

今回の成果を利用して血管系の形態形成メカニズムの理解が進むことで、将来的に再生医療やガン医療の進展に貢献することが期待されるとする。研究チームは今後は、形態形成に関与する遺伝子を選定し、今回のシステムを用いてその機能解析を進めていく計画とした。