放射線医学総合研究所(NIRS)は6月1日、福井大学、宮崎大学、米スローンケタリング記念がんセンターとの共同研究により、「酢酸PET(Positron emission tomography:陽電子断層撮像法)」を用いて個々のがんの「脂肪酸合成酵素(Fatty acid synthase:FASN)」の働きを把握することで、FASNの働きを抑える治療(FASN標的治療)の開始前に効果を予測する方法を開発し、さらにFASN標的治療の細胞影響については、FASNを多量に産生するがんにおいてFASNの機能を低下させると、増殖や転移に関わるさまざまな重要な機能を低下させうることを発見したと発表した。

成果は、NIRS 分子イメージング研究センター 分子病態イメージング研究プログラムの吉井幸恵研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間6月1日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

がんはFASNの働きにより、自身の成長に必要な脂肪酸合成を活発化させ、逆に活発化を抑えることでその成長を抑制することが可能だ。また病理学的研究によれば、FASNの産生量が多いがんほどその悪性度が高い。こうしたことから、まだ前臨床段階だがFASN標的治療は、従来治療法では根治が難しかったFASNを多量に産生する悪性度の高いがんに対する追加的な治療法として期待される。

しかし、個々の患者のがんごとにFASNの産生量は大きく異なり、FASNの産生量の少ないがんに対して同治療を施しても、治療効果が低くなってしまうどころか、逆に患者に不必要な身体的・経済的負担を強いることになってしまう。そのため、同治療の効果が芳しくない事象を回避し、患者の無駄な負担をなくすためには、個々のがんにおけるFASNの生産量を治療開始前に把握し、治療効果を予測することが必要であり、その方法の開発が望まれているというわけだ。

そこで研究チームは今回、がんにおいて脂肪酸合成の材料として使われることが知られる酢酸に注目し、細胞への酢酸の取り込み量がわかるように、酢酸と同機能ながらも酢酸分子に炭素の放射性同位体である11Cを付加した「11C酢酸」を利用する酢酸PETを用いた画像診断を行うことで、がんのFASNの生産量を把握し、FASN標的治療の効果を治療開始前に予測できる新しい方法を開発することに成功した。

研究はまず、まず4種類のヒト前立腺がん細胞(LNCaP、PC3、22Rv1、DU145)を用い、各細胞における「14C酢酸」(放射性物質14Cを付加した酢酸)の取り込みとFASNの働きを妨げる薬(FASN阻害薬)に対する感受性との関係の調査からスタート。その結果、がん細胞における14C酢酸の取り込みが多いものほど、FASN産生量も多くなる傾向が明らかとなった。また、酢酸の取り込み量が多い細胞ほどFASN阻害薬に対する効果が高くなることも判明(画像1~3)。

4種類のヒト前立腺がん細胞における放射性酢酸取り込み量(画像1(左))とFASN産生量(画像2)

画像3。LNCaPは阻害薬への感受性が高く、DU145は逆に低い。放射性酢酸の取り込み量が多いものほど、FASN産生量並びにFASN阻害薬に対する感受性が高い

また、ヒト前立腺がん細胞をマウスに移植したがん移植モデルを用いた検討からも細胞実験と同様に、14C酢酸の取り込み量は、FASN産生量並びに治療効果をよく反映していることが示された(画像4)。

さらに、11C酢酸PETを用いることで、同じ前立腺がんでも治療効果の高いがん(LNCaP)と治療効果の低いがん(DU145)を見分けられることも確認(画像5)。このことから、11C酢酸PETを用いることで、治療効果を治療開始前に予測できることを明らかにした。

画像4。3種類のヒト前立腺がん細胞を移植したマウスに、14C酢酸を投与してから30分後に腫瘍が取り込んだ14C酢酸の量

画像5。腫瘍移植モデルマウスの11C酢酸PETイメージング。青→緑→黄→赤で濃度が高くなる。黄矢印は腫瘍。FASNの産生量はLNCaP→PC3→DU145で低くなる

一方で、前述したとおり、がんのFASNの働きを抑制することにより成長を阻害できるが、抑制によるがん細胞への影響は実はよくわかっていない。これに対し、今回の研究ではその細胞影響についての検討も行われた。元々FASNを多量に産生するがん細胞から遺伝子組み換えによりFASN遺伝子を特異的に抑制したFASN遺伝子抑制細胞を構築し(画像6・7)、その生物学的特性の詳細な調査がなされたのである(画像8・9)。

その結果、がんのFASNの働きを低下させることで、細胞増殖、仮足形成、遊走、浸潤といったがんの病状の悪化につながる増殖・転移に関係するさまざまな機能を複合的に抑制されることが確認された。さらに、遺伝子発現解析の結果から、FASNを阻害することにより、これらの機能に関わる遺伝子発現が抑制されることが示されたのである。すなわち、FASNはがん治療のカギとなる治療標的であることが明らかとなったのである。

FASN遺伝子抑制LNCaP細胞(FASN RNAi3129、FASN RNAi3128)におけるFASN産生量(画像6(左))と、14C酢酸取り込み量(画像7)

FASN遺伝子抑制LNCaP細胞における細胞増殖(画像8(左))、遊走能(画像9・左)、浸潤能(画像9・右)

今回の成果により、11C酢酸を用いたPET画像診断によりFASN標的治療に対し効果の高いがんを予測し、この治療方法を選択することが適切かどうかを判断できる新しい診断手法が開発された。また、PETによる事前治療効果予測により同治療が効果的と選択されたがんに対し、がんの増殖・転移に関わる重要な機能を同時に抑制できる新しい治療方法を提供できると考えられるとしている。

さらに、これまで治療が難しかったFASNを多量に産生する悪性度の高いがんに対し、従来治療法(手術、放射線療法、化学療法、ホルモン療法など)とFASN標的治療を併せて行うことで、がんの悪化を防ぎ、再発・転移を予防することができると期待されるとした。