東京大学は5月31日、お茶の水女子大学との共同研究により、マウス脂肪組織における脂肪蓄積機構に関して新たな知見を明らかにしたと発表した。

成果は、東大 大学院 農学生命科学研究科・応用生命化学専攻・博士課程の高橋裕氏(当時)、同・篠田旭弘氏、同・有村直人氏(当時)、同・古屋徳彦特任研究員(当時)、同・修士課程の原田英里氏(当時)、同・井上順准教授、同・佐藤隆一郎教授、お茶の水女子大 生活科学部・食物栄養学科の市育代講師、同・藤原葉子教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間5月30日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

肥満とは、体の中で唯一、脂肪=トリグリセリド(TG)を蓄えることを目的に機能している「脂肪細胞」における、「脂肪滴」形成が過剰に行われることであり、いまだ不明な点の多いその分子機構を明らかにすることは抗肥満に向けて重要な課題といえるという。

具体的には、脂肪細胞は自ら脂肪酸・TG合成を行い、その結果大量に蓄積されたTGは脂肪滴として細胞内に蓄えられる。TG合成は細胞小器官「小胞体」で行われ、リン脂質二重層の膜間の疎水性環境に蓄えられたTGは量が増えると、こぶ状の突起が放出され、やがてリン脂質一重層の膜に覆われた脂肪滴として「細胞質」へと放出される仕組みだ。

脂肪細胞のTGを蓄えることに特化した役割に対応すべく、同細胞に特異的に発現するのが脂肪滴表面タンパク質「ペリリピン」だ。ペリリピンが欠損するとTGの放出システムが十分に作動せずに、脂肪滴の数、サイズが減少してしまう。逆に脂肪滴がペリリピンに囲まれると脂肪分解酵素の攻撃を受けにくく、脂肪蓄積が促進されるのである。研究チームは、これまでの研究から、そんなペリリピンが前駆脂肪から成熟脂肪細胞へと分化する過程で、核内受容体「PPARγ2」により発現が亢進する事実を明らかにしてきた。

また小胞体膜上に局在する転写因子「SREBP(sterol regulatory element-binding protein)-1」は、PPARγ2と同様に成熟脂肪細胞分化過程で同じく重要な役割を演じると考えられている。SREBP-1は2箇所の膜貫通領域を持つ小胞体膜タンパク質だ。

インスリン、そのほかの刺激に応じて、SREBP-1は小胞体から「ゴルジ装置」へと輸送され、そこに局在する切断酵素によりN末端側が切り出され(2種類に切断酵素S1PとS2Pが存在)、この活性型が核へと移行する。また核においては、脂肪酸・TG合成経路における複数の酵素遺伝子の発現を促進する機能を持つ。

肝臓においてSREBP-1活性型が増加することが、メタボリックシンドローム発症の一因であると考えられているが、このSREBP-1の活性化については、これまでのところまだ十分な解析は行われていないのが現状である。

今回の研究は、ペリリピンを欠損したマウスを用いて行われた。ペリリピン欠損マウスの脂肪細胞には小型の脂肪滴が存在し、高脂肪食を摂取しても肥満しないという特徴を持つ。実験の結果、ペリリピン欠損マウスにおいて脂肪滴形成が十分に行われなくなると、SREBP-1は小胞体上に留まり活性化されず、脂肪合成遺伝子の発現も低下することが明らかになったのである。つまり、脂肪滴形成→SREBP-1活性化→脂肪合成増加→脂肪滴形成亢進という正の循環システムの存在が明らかになったというわけだ(画像1)。

画像1。ペリリピン存在下での脂肪滴形成→SREBP-1活性化→トリグリセリド合成遺伝子発現上昇→脂肪滴形成という正の循環システム

研究チームは、細胞内での現象を詳細に解析するために、野生型マウス、ペリリピン欠損マウスの胎児より「MEF(胎児繊維芽細胞)」を採取し、シャーレ上で培養、刺激を与えて成熟脂肪細胞へと分化させた。すると、ペリリピン欠損マウスMEFは脂肪細胞へと分化するものの脂肪滴の数は少なく、脂肪蓄積量が低いことが判明したのである。

そこで、この細胞にペリリピンを遺伝子導入し、成熟脂肪細胞へと分化させると、脂肪滴数は増加し、脂肪蓄積量も回復した。さらにSREBP-1活性型が増加し、脂肪酸・TG合成経路の複数の遺伝子発現も上昇することが判明。すなわち、ペリリピンによる脂肪滴形成促進が、小胞体膜環境を変動させ、SREBP-1の活性化を調節する機構の存在が示唆されたというわけである。

そこで、脂肪細胞分化の前後で小胞体膜に変化があったことを検出する目的で、分化前の前駆脂肪細胞、分化後の成熟脂肪細胞から小胞体を超遠心法で回収し、膜に含まれる遊離コレステロール量の測定が行われた。すると、脂肪滴形成に伴い小胞体膜のコレステロール量が減少していたのである。すなわち、小胞体膜から脂肪滴が形成される際に膜コレステロールが引き抜かれ、動員されることが示唆されたというわけだ。

ペリリピン欠損マウスの脂肪組織から小胞体を回収し、膜コレステロール量を測定すると、野生型マウスの小胞体よりコレステロール量が有意に高く、脂肪滴形成に伴い小胞体膜コレステロール量が減少することを物語っていた。以上の知見は、脂肪滴形成が小胞体膜環境を変化させ、SREBP-1のゴルジ装置への輸送、その後の活性化促進を導く機構の存在を示すとしている。

今回の成果により、脂肪細胞における脂肪滴形成は、SREBP-1活性化を介して脂肪合成促進、さらなる脂肪滴形成を亢進する正の循環システムを駆動させることがわかった。生物は生命進化の過程で常に飢餓と戦ってきたことから、1度エサにありつくと、その栄養分を次の飢餓に備えて脂肪組織に効率よく溜め込むという仕組みを獲得したのである。つまり、栄養分が補給される限り、脂肪滴形成を盛んに行い、SREBP-1活性化を介して脂肪合成を促進し、さらに脂肪滴形成を亢進するという無限のシステムだ。

しかし、これまでどの生物も過剰に栄養分が補給されることはなく、この無限循環システムはエサにありつけない飢餓によって自然と停止していた。人類という生物のみが、特に日本のような先進国に住む人々は飢餓に遭遇することなく、無尽蔵ともいえる栄養分の補給を許される環境を手に入れた結果、この循環システムは肥満という疾病の火種となる、異常な生理状態を人類にもたらしたといえるとした。