北海道大学(北大)と大阪府立大学は5月27日、ナノの光源を使って、本来光が透過してしまう透明な物質に光を吸収させることに成功したと発表した。

成果は北海道大学 大学院理学研究院 村越敬教授、大阪府立大学 大学院工学研究科 石原一教授らによるもの。詳細は英国科学雑誌の「Nature Photonics」に掲載された。

物質は外界からエネルギーを得て高いエネルギー状態に変化する。光からエネルギーを得る場合は、物質の中の電子が高いエネルギーを得た状態となり、これが光の吸収として観測される。光を吸収して生成可能なエネルギーの状態はごく一部に限られており、どの状態でも光エネルギーで生成できるわけではない。これは、固体物理、有機光化学、量子光学などの様々な分野の教科書で「光学選択則」として説明される物質の基本的性質で、どのようなエネルギーの光を吸収するかは、通常、物質の種類によって決定する。

しかし、この選択則は、分子よりずっと波長の長い光が分子全体を均等に照らすことが前提になっており、もし光をナノ程度の狭い空間に閉じ込め、分子の一部を照らすことができれば「光学選択則」は破られると考えられる。研究グループでも、特殊な金属構造で光を閉じ込めナノ光源を実現すれば、1分子程度の物質でも「光学選択則」が破られることを理論予測していた。しかし、実験系の構築は困難であり、もし、この問題が解決され、物質の多様な状態を光エネルギーの吸収により生成することが可能になれば、光エネルギー変換技術の革新に近づくと言える。

今回の研究では、間隔がナノメートルサイズで制御された2個の金ナノ微粒子の対をガラス基板上に構築し、単一かつ単層のカーボンナノチューブをその対の間隙に配置して近赤外光を照射したところ、特定の配置を有するナノチューブのみからラマン散乱光が観測されることがわかった。また、ナノチューブの構造や光の波長、金ナノ微粒子対の間隙における配置方位を正確に取り扱うため、新たに開発した理論計算手法を用いて、ナノの光源の光がナノチューブに吸収される様子を解析し、ラマン散乱光がどのような条件で強く観測できるかを明らかにした。

図1 金属ナノ微粒子の対構造に担持された単層カーボンナノチューブの概念図(左図)。対構造の間隙(幅<2nm)に直径1nm前後の単層カーボンナノチューブが挟まれている。観測されたラマン散乱光のスペクトル(右図)。上段は、通常観測されるナノチューブのスペクトル。下段は、本来光吸収が起こらず観測できないナノチューブが明瞭に観測された例

単層カーボンナノチューブは、その構造によってどのようなエネルギーの光を吸収するかの「光学選択則」が厳密に決まっており、今回観測に使用したナノチューブは、実験に用いた近赤外光を通常まったく吸収しないことがわかっている。また、ラマン散乱光は物質が光を吸収すると強く観測される。今回、単層ナノチューブ1本のラマン信号を検知し、金属ナノ微粒子対とナノチューブの配置関係を明らかにできるグループ独自の実験技術を用いた。この結果、粒子対とナノチューブの配置が特定の関係になったとき、「光学選択則」では吸収されないはずの光をカーボンナノチューブが吸収していることを実験で確認した。また、光と物質のミクロな空間構造を取り入れて光学現象を正確に計算できる独自の理論手法で解析した結果、今回の実験では微粒子対の間隙で光が「局在プラズモン」となり、直径約1nmの単層カーボンナノチューブのごく一部を照らしたために「光学選択則」が破れ、通常は起こらない光吸収が起こったことを証明したとする。

図2 近赤外光(波長785nm)を金属ナノ微粒子の対構造に担持された単層カーボンナノチューブに照射した際の概念図(左図)。照射光の偏光方位を図にあるようにθ=0度とした場合に、その間隙に挟まれたナノチューブの直径より小さい空間に光強度(右計算図のカラーで表現)のナノ空間勾配が形成され、ナノチューブのごく一部を照らすことで特徴的な光励起が起こることが理論で証明された

図3 金属ナノ微粒子の対構造の間隙において、局在プラズモンによるナノ光源で一部分だけを照らされるカーボンナノチューブのイメージ図(図2左をデザインした図)

近年、太陽光によって発電する太陽電池や、太陽光エネルギーを燃料電池などの化学燃料合成に用いる光触媒などの高機能化に期待が集まっている。いずれの技術もこれまで光を吸収した後のプロセスについての高効率化が進められてきたが、その前段階の光吸収のプロセスを根底から変えることができれば、光エネルギーの有効利用を飛躍的に促進することが可能になる。今回の研究は、同じ物質でもその光吸収特性における従来の理論的制限を超えることができる可能性を示しており、光触媒や太陽電池などの光エネルギー変換技術の革新に繋がる可能性があると研究グループはコメントしている。