なぜ悲しい音楽を聴くとロマンチックな感情になるのか - 理研が一端を解明

理化学研究所(理研)と東京藝術大学は5月24日、悲しい音楽は悲しみだけでなくロマンチックな感情も聴き手にもたらし、また、その作用が音楽経験の有無に関係なく引き起こされることを実証したと発表した。

同成果は、理研脳科学総合研究センター 情動情報連携研究チームの岡ノ谷一夫チームリーダー、川上愛ジュニアリサーチアソシエイト(現 客員研究員、JST ERATO岡ノ谷情動情報プロジェクト研究員)、東京藝術大学 美術学部の古川聖教授らによるもので、スイスの科学雑誌「Frontiers in Psychology」オンライン版に掲載された。

悲しい音楽や悲劇は、鑑賞者に悲しみをもたらすと考えられているが、従来の感情研究における「悲しみは不快である」という前提に立つと、聴き手が自ら進んで悲しい音楽を聴いたり、悲劇を鑑賞したりする行動は矛盾したものとしてとらえられ、芸術を生み出した人類にとって長い間の疑問となっていた。

我々人間は、ある音楽がどういう音楽かを判断するとき、自分自身の体験を参考にする。例えば、過去に短調の曲を聴いて悲しくなった体験があるから、短調の曲は悲しいと判断するが、そうした経験に基づいて音楽を判断しながら、実際に自分自身はそれと異なる感情を体験しているときがあり、そうした不一致が生じる例の1つが、悲しい音楽を聴いたときに感じる心地よさである。

悲しい音楽は快も感じさせる。悲しい音楽を聴くと、聴き手は悲しみだけを体験すると考えられてきたが、悲しみだけでなく快の感情も体験するときがある

今回、研究グループは、悲しい音楽や悲劇が鑑賞者に悲しみをもたらすと同時に、心地よさなど快の感情ももたらすからこそ、人はこうした芸術を自ら求めるのではないかと仮定し、「聴いた音楽が一般的にどのような音楽であるか」の判断と「音楽を聴いて実際にどのように感じたか」といった聴き手が体験した感情という両面から、悲しい音楽が聴き手にもたらす「快の感情」の体験を実証することを目的に研究を行った。

具体的には、既存曲(グリンカ作曲ノクターンなど)の一部を抜粋し、悲しい音楽とされる短調で構成された30秒程度の曲に編集。この編集した曲を、18歳~46歳の44人(男性19人、女性25人)の実験参加者に聞いてもらい、鑑賞後に「一般的に多くの人は、この音楽を聞いてどう感じると思いますか?」、「あなたは、この音楽を聴いてどう感じましたか?」という質問を実施。実験参加者は、それぞれの質問に対して「悲しい」、「愛おしい」、「浮かれた」、「圧倒された」といった感情を表す62種類の用語とその強度(0~4)を回答する形で行われたが、音楽経験による影響を調べるため、44人を音楽家集団17人と非音楽家集団27人の2グループに分けて行われた。

62種類の用語への回答より相関関係の強い用語に共通した要因を抽出したところ、「悲しみ因子(悲しい、ゆううつ、沈んだなど)」、「高揚因子(圧倒された、興奮した、刺激的な、など)」、「ロマンチック因子(うっとりした、愛おしい、恋しいなど)」、「浮き立ち因子(浮かれた、快活な、踊りたいようななど)」の4因子が見いだされた。

そこで、各因子の評価結果を詳しく調べたところ、悲しみ因子については、聴いた音楽が悲しいものと判断するほどには自身では悲しみを体験しておらず、一方、ロマンチック因子については、聴いた音楽がロマンチックなものと判断する以上に自身がロマンチックな感情を体験していたことが判明したという。また、これらの結果は音楽経験に依存しないことも判明したという。

どういう音楽であるかの判断と実際に聴き手が体験した感情の評価。悲しみ因子(悲しい、ゆううつ、沈んだなど)、高揚因子(圧倒された、興奮した、刺激的ななど)、ロマンチック因子(うっとりした、愛おしい、恋しいなど)、浮き立ち因子(浮かれた、快活な、踊りたいようななど)において、どういう音楽と判断したか、実際にどんな感情を体験したか、の定量的な評価結果。*はp値(偶然にそのようなことが生じる確率)<0.05と統計学的に有意な差があったことを示している

また、どのような音楽であるかの判断の評価では、悲しみ因子の強度が他の3つの因子より突出していたのに対し、実際にどのように感じたかの評価では、突出した因子はなかったする。これは、人は悲しい音楽を聴くと過度に悲しい音楽であると判断するものの、自分自身はそれよりも低い程度の悲しみとともに"快の感情"も体験するという両価的な感情体験の存在を示す結果だと研究グループでは説明する。

日常場面と芸術場面での悲しみの違い。快/不快を横軸に、直接感情/代理感情を縦軸にとり、日常場面で体験する悲しみと芸術場面で体験する悲しみを位置づけた。日常場面での悲しみは、感情を喚起させる対象と感情を体験する主体に直接的な関係性があり、かつ不快に感じる。一方、芸術場面での悲しみは、作品が表現している感情を代理的に感じ、かつ両価的感情が生じるため全体として快の体験となる

今回の結果を受けて研究グループは、芸術には快と不快の両価的な感情を引き起こす作用があることが示され、これは感情の仕組みを考えるための新たな観点を提供するものとなると説明。感情は、進化の過程で保存された生存上必要な機能と考えられており、自身に直接の危害がおよぶ危険性のある日常場面での感情(直接感情)とは異なり、音楽聴取という自身に直接の危害が及ばない生存が保障された状況では、安心して悲しい音楽を楽しむことができる、つまり音楽が表現している感情を代理的に体験する「代理感情」という感情状態にあると考えられるとのことで、今後は、この新しい概念である代理感情を調べていくことで、人が悲しい音楽をあえて聴こうとする行動を解明することにつながっていくことが期待できるとしている。



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