物質・材料研究機構(NIMS)は5月7日、化学気相合成(CVD)でダイヤモンドを生成する際の原料利用率を大幅に向上する新合成技術を開発し、同技術を、質量数12の炭素(12C)で同位体濃縮したダイヤモンド結晶の合成に適用し、世界最高クラスの12C同位体比を持つダイヤモンドバルク単結晶の合成に成功したと発表した。

同成果は、同所 光・電子材料ユニット 寺地徳之主任研究員らによるもの。詳細は、科学雑誌「Applied Physics Express」のオンライン速報版で公開された。

ダイヤモンドは、シリコンの約5倍という大きなバンドギャップを持つ次世代半導体材料。バンドギャップが大きいために、シリコンデバイスの動作限界といわれる200℃以上でも安定に動作する。また、耐放射線性や耐化学薬品性に優れており、極限環境下で動作するデバイスに適用できるほか、絶縁破壊電界はシリコンの70倍あるといわれており、パワーデバイス応用を目指した基礎研究も進められている。さらに、半導体に不可欠なドーピング技術は、困難だったn型伝導に関して、現在では制御可能となっており、ダイヤモンドpn接合も実証されているほか、室温でのダイヤモンドの熱伝導率は銅の5倍以上と高く、ヒートシンク材料としても期待されている。

こうした優れた物性を示すダイヤモンド結晶だが、人工合成法でのみ得られることから、合成条件の最適化による結晶の高品質化と高純度化が不可欠となっている。また、実用化には、結晶を安定かつ安価に供給する技術の確立が求められている。

高純度ダイヤモンド結晶を合成するためには、高純度炭素源を原料に用いる必要がある。ダイヤモンドをCVDで合成する場合、原料となる高純度メタンガスからダイヤモンドを合成するが、通常は供給されたメタンガスの1%(典型的には0.1%)がダイヤモンドに変換され、99%以上の未反応なメタンガスは排気される。原料ガスが高額であればあるほど、原料を有効にダイヤモンド結晶へ変換することが材料コストを削減する鍵と言える。例えば、ダイヤモンドを構成する炭素原子の同位体が12炭素(12C)のみとなるように同位体濃縮することで、熱伝導率が向上することが知られているが、その原料は炭素同位体が天然存在比の高純度メタンガスと比べて価格が100倍以上と高額なため、1%の原料利用率(原料ガス-ダイヤモンド変換率)では、1つの結晶の合成にかかる材料ガスのコストが高額となり、一部の基礎研究でしか実施することができなかった。

そこで今回、研究グループでは、ダイヤモンド結晶のCVDにおいて、原料の純度を落とすことなく、原料ガスからダイヤモンド結晶への原料利用率を向上できる新たな合成技術の開発に挑んだ。

同合成技術を用いた多結晶ダイヤモンド合成では、最高80%という高い原料利用率を得ることができることを確認。CVDでは、反応容器内で原料ガスとキャリアガスの割合で決まる原料ガス濃度を適切に保つ必要があり、従来法では、あらかじめ所望の原料ガス濃度となるようにキャリアガスと原料ガスを調合した混合ガスを作り、これを多量に供給することで反応容器内の原料ガス濃度を制御していたが、今回開発された合成技術では、ガスの供給手順を大きく変えることで、供給された原料ガスの10%以上を結晶化に寄与させることに成功したという。

具体的な手順としては、最初に従来法と同じ手順で、反応容器内の原料ガス濃度と反応容器内圧力がダイヤモンド合成に適切な値になるように、原料ガスとキャリアガスを供給し、最適な合成条件が得られた後、ただちに供給する混合ガスの供給速度と原料ガス濃度を変える。供給ガスの原料ガス濃度は、反応容器内の原料ガス濃度よりも高い値とするが、これはキャリアガスを過剰に供給しないことにより、未反応な原料ガスが反応容器内から排出されるのを抑制するためであるという。

また、キャリアガスは反応容器内で再利用する仕組みで、供給ガスの原料ガス濃度が高いほど、原料利用率が高くなることが確認されたとのことで、極微量のキャリアガスを同時に供給した場合であっても、従来法に比べると効果があることも確認したとする。こうして作製された複数個の多結晶ダイヤモンドの原料利用率はすべて70%以上であり、最高値は80%に達したほか、その際のガス供給速度および排出ガス速度は、従来法に比べると1000分の1以下と小さい値で実現できたとする。

ただし、従来法に比べると、反応容器内の原料ガス濃度の制御が容易ではない点が欠点であるとするが、この問題については、反応容器内の原料ガス濃度を逐次モニタし、混合ガス供給速度にフィードバックさせることで、解決することができると研究グループは説明するほか、外部リークによる不純物混入が問題となる可能性がある点については、独自の超高真空仕様のダイヤモンドCVD装置を開発することで解決を図ったという。

図1 ダイヤモンドCVD の模式図。(A)従来法と、(B)新合成技術。キャリアガスと原料ガスを、結晶成長に適切な濃度に混合して反応容器内に導入し、化学反応によりダイヤモンド結晶を合成する。従来法と新合成技術にはガスの供給方法に違いがある

図2 キャリアガスと原料ガスのガス供給シーケンス。(A)従来法は、一定速度、一定濃度で反応容器内にガスを供給する。(B)新合成技術は、従来法と同じ条件で供給し(ステップ1)、反応容器内のガス量が最適な条件に達した時点で、原料ガスを主体とした低流量でのガス供給に切り替える(ステップ2)。ここでは原料ガスのみを供給した例を示している

図3は、新手法で合成されたダイヤモンド結晶。高圧高温(HPHT)合成法においても、新合成技術で得られた12C同位体比99.998%のCVDダイヤモンド多結晶を固体原料に用いて12C同位体比が99.995%の高純度単結晶が得られた。HPHT合成には固体炭素原料が必要となるが、一般に、12C同位体濃縮原料はメタンガスなど、原料ガスとして供給されるため、HPHT合成用の12C固体炭素原料を得るためには、メタン原料利用率を高めた今回の技術が必須となるという。

さらに調査の結果、天然結晶では12C同位体比が98.9%なのに対して、図3に示された結晶はいずれも12C同位体比が99.995%以上と100倍以上純度が高いことが判明。しかも、新技術では、材料ガスのコストが抑えられるため、長時間合成によるバルク結晶の合成が可能なほか、得られた結晶は、高い同位体純度だけでなく、窒素やホウ素といった不純物が通常の評価手段では検出できない程に少ない超高純度結晶であることも判明した。

図3 新合成技術で得られた同位体濃縮ダイヤモンド結晶。(a)CVD多結晶ダイヤモンド。直径30mmのモリブデン円板の全面に厚み0.5mmで合成。(b)HPHT単結晶ダイヤモンド。同位体比をさらに向上させる試みも行われている。(c)CVD単結晶ダイヤモンド。窒素を含有する(黄色)汎用の単結晶基板上に高純度・高同位体比単結晶を合成し、その後CVD単結晶と基板を分離した

今回の合成技術を活用することで、同位体濃縮したダイヤモンド結晶や、超高純度ダイヤモンドバルク結晶などを得ることが可能になるという。また、今回の研究では、世界最高クラスの同位体比を実現したダイヤモンド結晶をバルク単結晶として得ることにも成功しており、研究グループでは、こうした技術を活用することで、超高耐圧パワーデバイスや極限環境動作デバイス応用、高性能ヒートシンク、量子情報通信分野などの研究の進展が期待できるようになるとしている。