東京大学は4月30日、米スタンフォード大学との共同研究により、神経細胞で情報を受け取る側である「樹状突起」が相手を見つけるメカニズムとして、小胞体の中に存在する「Meigo(medial glomeruli:マイゴ)分子」を発見し、同分子が神経回路作りに必要なタンパク質「Ephrin」の量と機能を調節していることを明らかにしたと発表した。

成果は、東大 大学院薬学系研究科 薬科学専攻の千原崇裕 講師、同・関根清薫 特任研究員、スタンフォード大学のLiqun Luo教授らによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間4月29日付けで英国科学誌「Nature Neuroscience」に掲載された。

神経細胞は情報を受け取る側である「樹状突起」と、情報を出力する側である「軸索」を持つ。全身の統合や記憶・学習を司る脳のような複雑な神経回路を作るには、膨大な数の神経細胞がそれぞれ正確に「シナプス」を介した結合をすることが求められる。つまり、両方の神経突起が適切な標的へ投射(ターゲティング)することが神経回路形成には必要というわけだ。

これまで多くの研究者により「軸索ターゲティング」に関する研究は精力的に進められてきたが、「樹状突起ターゲティング」に関しては、その形態があまりにも複雑ということがあり、これまでのところあまり研究が進んでいない。

そこで研究チームは樹状突起ターゲティングの分子機構を解明することを目的に研究を開始。具体的には、遺伝学的手法の発達したショウジョウバエの嗅覚神経系(画像1)をモデル実験系として、樹状突起ターゲティングがどのような分子機構で行われているのかを明らかにすることを目指したのである。

まず、樹状突起ターゲティングに異常を示す変異体を探索するスクリーニングが行われた。すると、酵母からヒトまで進化的に保存されたMeigo遺伝子が、樹状突起ターゲティングに必要であることが判明。なおMeigoとは「迷子」を意味し、変異があると神経細胞が相手を正しく見つけられず迷子になってしまうことから命名されている。

なんとなく頼りなさそうな命名がなされたMeigo遺伝子だが、実は個体の生存には必須の遺伝子だ。仮に全身をMeigo遺伝子の変異体にしてしまうと、致死になってしまう。そこで、個体の中の一部の細胞だけで目的の遺伝子機能を欠損させる「遺伝学的モザイク法」を用いて、Meigo遺伝子の機能解析が試みられた。

嗅覚回路を構成する神経の内の1細胞のみでMeigo遺伝子を欠損させたところ、特定の方向、正確には正中線方向への異常な樹状突起ターゲティングが観察された。さらに、樹状突起は標的領域で収束できないことも判明。しかし、背腹軸方向などのほかの方向への異常なターゲティングは見られなかった。つまり、Meigo遺伝子を欠損させた投射神経の樹状突起は、「正中線-側方軸方向の樹状突起ターゲティング」、および「樹状突起の収束」にのみ異常を示すことが明らかになったのである。

画像1は、ショウジョウバエ嗅覚系とmeigo変異体の表現型。左側は、ショウジョウバエ嗅覚系の模式図。今回の研究では、赤色の嗅覚器で感知されたにおい情報を緑色の受け取る神経の樹状突起ターゲティングが観察された。そして右上の模式図は、緑色が野生型神経の樹状突起を示し、標識領域に正しくターゲティングして領域内に集束することを表している。右下は、Meigo変異体の樹状突起の模式図。青色の樹状突起が成虫線側への異常なターゲティングを行い、特定の領域に集束できない、という表現型を示したものだ。

画像1。ショウジョウバエ嗅覚系とMeigo変異体の表現型

次に、Meigo遺伝子から作り出されるMeigoタンパク質に関しての解析が行われた。すると、Meigoタンパク質は「小胞体」に局在することが明らかになったのである。小胞体は、樹状突起ターゲティングに必要な膜タンパク質の合成と、成熟が行われる細胞内小器官で、「タンパク質の工場」とも呼ばれている。

研究チームがMeigoタンパク質の量を減少させた細胞では小胞体にストレスがかかり、さまざまな膜タンパク質の合成が抑制されていることが見出された。そこで研究チームは、「Meigo遺伝子を欠損させた神経では、樹状突起ターゲティングを担う膜タンパク質の量が減少した結果、樹状突起ターゲティング異常が引き起こされたのではないか」と考察。

Meigo遺伝子を欠損させた嗅覚回路神経に、さまざまな膜タンパク質を1つずつ過剰発現させて、どの膜タンパク質が特に樹状突起ターゲティングに重要なのかの探索が行われた。その結果、Ephrinタンパク質を発現させた時のみ、「meigo変異による樹状突起の収束異常」が抑制されることが見出されたのである。

さらなる解析により、Meigoタンパク質はEphrinタンパク質の、(1)量を増やすこと、(2)正しい場所(細胞膜)へ運ぶこと、(3)糖鎖修飾による機能を調節すること、に重要であることが明らかになった。

今回の研究により、小胞体のMeigoタンパク質が樹状突起ターゲティングには必要であり、その過程でEphrinタンパク質を介していることが明らかになった。

小胞体分子Meigoによる樹状突起ターゲティング制御モデル図。画像2(左)は野生型のもので、Meigoは小胞体に存在し、糖核酸の小胞体への輸送、タンパク質の折り畳みなどをサポートすることにより、膜タンパク質の安定供給を実現し、正常な樹状突起ターゲティングが行われる。画像3はMeigo変異体のもので、Meigoがなくなると、小胞体ストレス応答が起き、Ephrin(オレンジ)と「正中線-側方軸方向のターゲティングを担うタンパク質」(緑)の量が減少し、機能が現弱してしまう。この時、「背腹軸方向のターゲティングを担うタンパク質」(茶)は影響を受けていないと考えられ、その結果、特異的な樹状突起ターゲティング異常が引き起こされるという具合だ。

今回の成果である、小胞体に存在する分子が神経回路形成の特定の局面に必要とされる現象は新しく、小胞体における細胞膜タンパク質の機能制御が、樹状突起ターゲティングに重要であることを示唆しているという。さらに、細胞の生死、恒常性維持に関わる小胞体は、神経変性疾患や糖尿病など多くの疾患との関わりが報告されていることから、今回の小胞体機能分子Meigoの発見は、小胞体の生理機能のさらなる理解や、小胞体関連疾患の発症機序解明にも繋がると期待されていると、研究グループはコメントしている。