東北方言の擬音語・擬態語を集めた『東北方言オノマトペ用例集』

方言の宝庫・東北。その奥深さを知るのにぴったりな本が、『東北方言オノマトペ用例集』だ。表紙には「のどぁ ぜらぜら」とおばあちゃんに言われて、医師が様子を伺っている風景が描かれているが、この用例集は、東北で日常的に使用されている方言を理解するための指南書なのだ。

高齢患者のオノマトペに医師たちは「??」

「オノマトペ」とは、「擬音語・擬態語」を意味するフランス語。『東北方言オノマトペ用例集』は東北地方固有の方言擬音語や擬態語を集めた用例集で、主に身体感覚や症状、気持ちや気分などを表す言葉が解説されている。

「標準語」とされる言葉を使う人たちなら、頭やおなかが痛い時は、「ズキズキ」「シクシク」「キリキリ」といった単語を使って痛みを表現することが多いだろう。地方にいけばここに方言が加わるため、オノマトペの種類が増える。とりわけ、方言の宝庫である東北地方ではその数が豊富だ。

それで困ったのが、医者や看護師である。東日本大震災によって、東北地方にはけが人や病人があふれ、ボランティアを含め全国から数多くの医師や看護師が馳せ参じたが、患者には高齢者が多く、彼らの話す方言オノマトペに困惑する事態が発生した。

『東北方言オノマトペ用例集』を作成した竹田晃子さん

こうした現実を受けて作成されたのが同書である。作成したのは、国立国語研究所の竹田晃子さん。竹田さん自身、東北岩手の出身である。

「弘前学院大学の今村かほる先生から、『東北の医療機関で働く方々が、地元の方言を理解する助けになるものが欲しい』と相談されたことがきっかけで作成しました。私たち言葉の専門家が、被災地のためにできることは何だろう?とずっと考えてきましたが、この用例集が役に立っているならうれしいです」。

震災から1年経った2012年3月に完成した同書は、東北地方のおよそ2,000の医療機関に配布され、医師たちに活用されている。

「うちの病院は岩手出身の医師が多く、看護師も全員岩手出身ですので患者さんの方言も大体分かりますが、田老地区とか他県から支援に来たお医者さんが多い土地の医療施設では、大変役に立っているはずです」(岩手県立大船渡病院)。

「あけん」「あふらあふら」……地元の20代女性も「全然分かりません」

実用のために作られた『東北方言オノマトペ用例集』だが、読み物としても実に面白い。ページを開いてみると、東北方言の豊かさ、多彩さに驚嘆させられ、俄然(がぜん)、東北に興味が湧いてくる。取り上げられているオノマトペは、「あ行」の「あけん」に始まる105単語だ。

「えがえが」は「ちくちく」の意味で、青森県、岩手県、宮城県のオノマトペ

「思いもかげねぇごど いぎなる そわれで、あけんと すてまった」。こんな風に使われるのだそうだが、意味がお分かりの方はいるだろうか? 正解は、「思いもかけないことを突然言われて、あっけにとられてしまった」。「あけん」とは「あっけにとられるさま」を意味する言葉で、青森、岩手、宮城の各県で使われているのだそうだ。

次いで「あふらあふら」。例文は「この暑さで あふらあふら なんねぇ方が、おがすい」。こちらは語感から何となく推測できるとおり、「この暑さでふらふらしない方が、変だ」の意。

ページを飛んで「ま」行の「もんもり」。「朝ま、手の指ぁ もんもりすて、皮ぁ つぃっぱるよぉな 気ぁする」。「朝方、手の指が腫れて、皮が突っ張るような気がする」が正解。腫れて重く熱を持った様を表現する言葉が「もんもり」である。

あまりにも耳慣れない言葉のオンパレード。本当に今でもこんな方言が使われているのか、地元東北の人に確認してみることにした。

前記した「あけん」「あふらあふら」の他、「いかいか」「うらうら」「かちゃくちゃ」「さらさら」……宮城県で使われているとされるオノマトペ6つを、その意味が分かるかどうか、仙台市のみやぎ観光復興センターで働く20代の女性、鳴子町でこけし店を経営する60代の男性に尋ねてみた。

すると、仙台の20代女性はすべての単語が「まったく分かりません」。対して鳴子の60代男性は正解率70%ほど。「自分では使わないが聞いたことがあるので大体は分かる」という。若い世代では、方言は急速に使われなくなってきているが、高齢世代においてはまだまだ生き残っているようだ。

ちなみに、「いかいか」=「鋭く刺すように痛い様」、「うらうら」=「軽いめまい感」、「かちゃくちゃ」=「気がめいる様」、「さらさら」=「悪寒がする。冷たい」の意味である。

「さらさら」は「悪寒がする。冷たい」という意味で、岩手県や宮城県で使われている

若い世代から新しい東北方言が誕生している?

随分と以前の話だが、テレビのクイズ番組で「身体の中央にあって『へ』で始まる部位は?」という問題が出された。この問いに青森出身の回答者は、自信満々に「へなが」と答えた。会場は爆笑となったが、東北では間違いではない。クイズの正解は「へそ」だが、青森では「せなか」のことを「へなが」というのである。

青森県や岩手県で使われている頭と背面部分の名称。背中は「へなが」と紹介されている

身体部位の名称も東北では独特な言い方をすることが多く、同書には「身体部位の名称」を紹介するページもある。青森県、岩手県では頭を「かぶり」「かっさ」「こーべ」などと言い、髪は「かんこ」「かめけ」「けぶか」と言う。

宮城県、福島県においては顔は「なずき」「してえ」。あごが「あぐだ」「おどげぁ」。地元出身者でなければまったく意味が分からないだろう。

青森県や岩手県で使われている前面部分の名称。頭は「かぶり」「かっさ」「こーべ」などと表記

前出の竹田さんによれば、「若い世代は地元の方言やオノマトペが分からなくなってきていますが、彼らの間から新しい東北独特な言い方や表現が生まれてきてもいるんですよ」とのこと。

例えばと紹介してくれたのが「だから」。理由を言う時に使う「だから」とは使い方が異なり、「共感した」ことをそのひと言で表すのだという。例えば、「○○さんは美人だね」に対して「だから」。これで「そうだね」と共感、同意したことになるのだそうだ。

なお、『東北方言オノマトペ用例集』は限定配布のため入手困難だが、インターネットでダウンロードできるので、興味のある方は是非ご覧あれ。