九州大学(九大)と広島大学は4月24日、植物で大きなファミリーを形成するたんぱく質「PPR(pentatricopeptide repeat)」のRNAおよびDNA認識コードの解明に成功し、DNA/ゲノム編集のツールとして意図するRNAまたはDNA配列に特異的に結合するたんぱく質を開発できるようになったと発表した。

成果は、九大大学院 農学研究院 中村崇裕 准教授、同・医学研究院の大川恭行 准教授、広島大大学院 理学研究科の山本卓 教授らによるもの。なお、RNA結合型PPRたんぱく質、DNA結合型PPRたんぱく質共に特許が出願されている。

現在、さまざまな生物のゲノム情報(ゲノム=全遺伝子、つまりその生物に必要なすべての遺伝情報)が明らかになってきており、その利用による研究技術の開発、医療への応用、有用な農作物の開発などが盛んに行われている。しかし多くの生物において、膨大なゲノムの中から目的遺伝子のみを選択的に破壊する「ジーンターゲッティング法」(特定の遺伝子に変異を導入したり組み替えたりする技術のこと)はまだ確立されておらず、せっかくのゲノム情報をフル活用しているとはいえないのが現状だ。

近年になって、設計可能な「人工制限酵素(人工ヌクレアーゼ)」を用いて、ゲノム上の特定の遺伝子を破壊したり、標識遺伝子を導入したりする「ゲノム編集技術」が注目されるようになってきた。人工ヌクレアーゼは特定のDNAに結合する「ドメイン」とDNA切断酵素を結合させた人工たんぱく質のことだ。これまで遺伝子工学で使われていた制限酵素が約2000塩基対から1箇所を選択的に切断するというレベルだったのに対し、人工ヌクレアーゼを使えば30億塩基対あるヒトゲノムの中からたったの1箇所を選択的に切断することができる。

この人工ヌクレアーゼを用いた手法は、同一の技術体系によって、植物、微生物、動物を含むすべての生物種のゲノムが改変できるため、基礎研究およびさまざまな生物系産業での利用が期待されている状況だ。ちなみにゲノム編集には、核酸と配列特異的に結合する「核酸結合モジュール」(モジュールとは、機能単位、交換可能な構成部分という意味)が必須である。

現在、そうしたモジュールとしては、DNA結合ドメインとして「ジンクフィンガー」と「TALE」、DNA結合用の遺伝子座として「CRIPSR/Cas」が利用されており、それぞれの核酸結合モジュールの比較検討中だ。しかしゲノム編集技術は、その言葉が持つイメージからすると、映像編集のような手軽さを感じるかも知れないが、実際には未だ萌芽期であり、新たな核酸結合モジュールなどの発見が期待されているところである。

一方、最近、さまざまな生命現象におけるRNAの重要性が認識されてきた。例えば、低分子のRNA成分を利用した「RNA干渉法」(2本鎖RNAと相補的な塩基配列を持つメッセンジャーRNAが分解されるRNA干渉という現象を利用して、人工的に2本鎖RNAを導入することにより任意の遺伝子の発現を抑制する手法)による目的遺伝子転写物の分解(ノックダウン)技術が盛んに利用されている。しかし、RNAに作用するたんぱく質性結合モジュールは、未だ産業化されていないのが現状だ。

PPRたんぱく質は植物で大きなファミリー(たんぱく質においては、進化上の共通祖先に由来すると推定されるたんぱく質をまとめたグループのことをいい、似たような機能、構造を持つ場合が多い)を形成するたんぱく質だ。それぞれが異なる配列に作用するDNAまたはRNA結合たんぱく質として働くことが知られている。

研究グループは、これまでに研究されてきたRNA結合に働く数十個のPPRたんぱく質とその結合配列のデータを基にしたコンピュータ解析により、PPRたんぱく質のRNA認識コードを解読することに成功した。

その結果、PPRモチーフ(モチーフとは繰り返し単位のことで、たんぱく質においては、一定規則の複数個のアミノ酸から構成される機能的または構造的なひとまとまりのこと)とRNA塩基が1対1の対応関係で結合すること、特定の3カ所におけるアミノ酸の組み合わせで結合塩基が決定すること、結合塩基がプログラム化可能であることを明らかにされたのである(画像)。また、解読したRNA結合コードがDNA結合に働くPPRたんぱく質にも適用できることが見出された。

画像は、PPRモチーフのRNA認識コード。(A):PPRたんぱく質はアミノ酸35個からなるPPRモチーフの約10回の繰り返し構造からなる。モチーフと塩基は1体1の対応関係で、RNA塩基の識別は、1番、4番、ii(-2)番の3つのアミノ酸の組み合わせのみで決定する。(B):4番アミノ酸が最も重要で、プリン(R;A、G)・ピリミジン(Y;C、U)識別に働き、次にii番アミノ酸がアミノ型(M;A、C)、ケト型(K;G、U)の識別に働く。最後に、1番アミノ酸が視程塩基にさらなる制限を加える。(C)識別コードの例。

PPRモチーフのRNA認識コード

今回、PPRたんぱく質の核酸認識コードが解明されたことにより、意図するRNAまたはDNA配列に特異的に結合するたんぱく質を開発できるようになったという。また、生物にとって重要なPPRたんぱく質、産業に有用な天然型PPRたんぱく質の標的配列の予測も可能になった。

PPRたんぱく質の特徴の1つは、DNAまたはRNAの両方の核酸に対応可能なモジュールであり、これは既知のゲノム編集用核酸結合モジュールにはない特徴だ。また、TALEで知られるTを認識するゼロモチーフのようなものはPPRには見当たらず、完全に自由な配列選択性を有している。

DNAを標的としたゲノム編集は、国際的に大きな注目を集めている新技術だ。今回の技術をさらに進展させることで、研究チームはDNA結合型PPRを核酸結合モジュールに用いた日本発のゲノム編集技術の創出が期待されるとしている。