東北大学、日本原子力研究開発機構(JAEA)、東邦大学、科学技術振興機構(JST)の4者は4月19日、独・カイザースラウテルン工科大学との共同研究により、磁気の波である「スピン波」を用いて熱エネルギーを望みの方向に移動させる基本原理の実証に成功したと共同で発表した。

成果は、東北大 金属材料研究所の安東秀助教、同・原子分子材料科学高等研究機構の齊藤英治教授(東北大 金属材料研究所教授、JAEA 先端基礎研究センター客員グループリーダー兼任)、JAEA 先端基礎研究センターの前川禎通センター長、東邦大学理学部の大江純一郎講師らの研究チームによるもの。研究はJST 戦略的創造研究推進事業(CREST)の一環として行われ、詳細な内容は日本時間4月22日付けで英国科学誌「Nature Materials」オンライン版に掲載される。

環境負荷の軽減などの観点から、エレクトロニクス分野における電子デバイスやマイクロ波デバイスの省エネルギー化に向けた研究が進められており、近年、新しいエネルギー変換原理に基づいたデバイスの開発が期待されるようになってきた。

省エネルギー化を実現する技術の主流が、プロセスの微細化であるが、20nmプロセス世代が実用されようという現在、その物理的な限界が見えてきたほか、発熱によるデバイスの性能劣化などの課題が生じるようになってきた。その解決する1つの技術として注目を集めているのが「スピントロニクス」だ。

スピントロニクスは電子が持つ電荷の自由度に加えて「スピン」(磁気)の自由度も積極的に利用するというもので、電流のスピン版で電力の消費を伴わない「スピン流」によって駆動されるため、大幅に消費電力を低減した不揮発性磁気メモリや量子情報伝送が実現できると期待されている。

なおスピンとは、電子が有する自転、つまり回転運動の性質のことをいい、磁石の磁場の発生源だ。スピンの状態には上向きと下向きの2つの状態があり、磁石もしくは磁性を帯びた金属などはそのスピンの向きがそろっている状態である(磁性のない物質は、各原子のスピンの向きがバラバラで結果的に全体で中和されてしまう)。

またスピン流とは物質中におけるスピンの正味の流れのことだ。齊藤教授らが2006年に発見した「逆スピンホール効果」を利用することで、その流れを電気的に検出することが可能である。スピン流は、原理的には発熱を伴わないという大きな特徴を持つことから、省電力化と発熱問題の解決などが期待されるわけだが、これまでのところスピン流の生成効率が小さいという大きな問題があった。なにしろ、現在の技術ではスピン流を生成するために発熱を伴う電流やマイクロ波を使用するという本末転倒的な課題があるのだ。

そこで今回の研究では、スピン流の1種である、スピン波を起源とするスピン波スピン流を用いて熱エネルギーを移動する新しい基本原理を見出し、実験・理論の両面で実証した。なおスピン波とはスピンの集団運動であり、個々のスピンのコマ運動(歳差運動)が波となって伝わっていく現象だ。ちなみに齊藤教授らの研究により、この現象を用いて情報を伝達することが可能なことがわかっている。

スピン波を用いる基本原理とは、通常のマイクロ波加熱(画像1)とは逆に、磁性体中に吸収されたマイクロ波エネルギーがスピン波によって試料中で運ばれ試料端で熱エネルギーに変換されるというものだ(画像2)。これは外部磁場の方向を調節することで起こり、通常のマイクロ波加熱とは逆方向に温度勾配が生成される。

齊藤教授らが発見した現象である「スピンゼーベック効果」は、温度差を付けた磁性体中にスピン流の駆動力(スピン圧)が生成される現象だ。簡単にいうと、熱流から磁気の波を生成する現象である。同効果はスピントロニクス分野において、汎用性の高いスピン駆動源としての応用が期待されると共に、逆スピンホール効果と結合することで発電素子としての応用の可能性が示唆されているものだ。

今回の実証はスピンゼーベック効果の逆過程に相当する、磁気の波で熱流を操作する現象を実現する原理の1つとなり得るものだという。この原理によれば、熱エネルギーを望みの方向に移動してデバイスからの排熱効率を上げることができるため、スピントロニクスの次世代省エネルギーデバイス開発への応用が期待されると、研究チームは述べている。

スピン波-熱エネルギー移送の原理。画像1(左)は通常のマイクロ波加熱の概念図。画像2(右)は、スピン波-熱エネルギー移送の概念図。試料の奥で吸収されたマイクロ波エネルギーがスピン波によって試料手前に運ばれ、試料手前の端で熱エネルギーに変換される。その結果、通常のマイクロ波加熱とは逆方向に温度勾配が生成される

今回の研究では、画像3・4に示した実験により、スピン波による熱エネルギー移送現象の実証が行われた。画像3に示した実験系では、直径4mmの絶縁体である磁性ガーネット「Y3Fe5O12(YIG)」多結晶円盤にマイクロ波と磁場を印加して、スピン波を励起。その際、磁場とマイクロ波周波数を調整することにより、YIG試料中に表面だけを伝搬する「表面スピン波」を励起することが可能だ。

その結果、下面で励起された表面スピン波は試料右方向へ伝搬した後、試料端で熱エネルギーを放出することが発見された。このことは、試料温度を赤外線カメラで観測することにより確かめられている(画像4)。

なお表面スピン波とはスピン波の1種で、試料の表面に局在し1方向にのみ伝搬する性質を持つ。また表面スピン波の持つ「非相反性」より、試料の上面と下面では逆向きに伝搬する点が特徴だ。また非相反性とは方向性を持つ現象のことであり、ここでは、ある方向に伝搬するスピン波の性質と逆向きに伝搬するスピン波の性質が異なる現象である。

表面スピン波を用いたスピン波-熱エネルギー移送。画像3(左):YIG円盤の試料中において、下面左で励起された表面スピン波は、1方向にしか伝搬できないため、右端まで伝搬した後、戻る(反射)することができずに試料の右端でスピン波の移送したエネルギーが熱エネルギーとして放出される。
画像4(右):この際に生じる発熱を赤外線カメラにより観測したもの。印加する磁場の方向を反転することで表面スピン波の伝搬する方向を変えて、発熱の場所を右端から左端へと変えることが可能。このように、YIG円盤の試料中において、表面スピン波による熱移送の現象が発見された

また、磁場の印加する方向を反転することにより、表面スピン波の伝搬方向も反転し発熱の位置を反転させることができることも確認された。以上の成果から、研究チームは表面スピン波を用いて所望の方向に熱エネルギーを移送できるということを示しているとしている。

YIG中に励起された表面スピン波は非相反なスピン波であり、試料の上面と下面でそれぞれ1方向かつ互いに逆向きに伝搬するという性質により、試料表面を1方向に伝搬した表面スピン波は、試料端で逆向きに反射することができない(画像5・6)。

十分な厚みの試料中では、上面と下面の表面スピン波間の飛び移りも抑制することができ、結果として、試料端でスピン波の持つエネルギーが熱エネルギーとして放出されるという。この原理を用いて、今回、望みの方向に熱エネルギーを移送できることが明らかになったというわけだ。

表面スピン波の冷気と非相反性。画像5(左)・6。

今回の研究で実証されたスピン波を用いた熱エネルギーの移送手段の発見は、新原理による熱移送法を提案するもので、省電力デバイス開発等に貢献することが期待されると、研究チームは語っている。

また、今回の研究で明らかになった物理原理は、スピン波と熱との相互作用を利用するもので、近年、スピンと熱との相互作用に基づく新現象を開拓し注目を集めている「スピンカロリトロニクス」の分野にも深く関連し、今後の進展が期待される研究成果だと述べている。