ナノスーツ法によるハムシの電子顕微鏡観察
(提供:浜松医科大学)

(A)高真空下でも生きているため脚が動き、画像がブレた部分(丸囲み)
(B)静止した時の脚の微細構造

生物の表面を特殊な化合物の膜で覆い、生きたままの微細構造や運動の様子などを電子顕微鏡で直接観察できる技術を、浜松医科大学の針山孝彦教授と東北大学原子分子材料科学高等研究機構の下村政嗣教授らが開発した。ハエやハチの幼虫の観察をヒントに得られた生物模倣技術(バイオミメティックス)で、これまで直接観察ができなかった生物のもつ未知の生命現象や行動の解明などへの貢献が期待される。研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」(オンライン版、15日)に発表された。

研究グループは、浜松医科大学の高分解能走査型電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて、さまざまな生物を直接観察した。ほとんどの生物は真空環境下で死に、その表面構造も体積収縮により変形していた。ところがショウジョウバエやハチなどの幼虫は、体表面の変形がないまま微細構造が観察でき、死なずに活発に動いていた。

これらの幼虫の体表面は、ぬるぬるとした粘性のある分泌物に覆われている。さらに詳しく調べたところ、電子顕微鏡の観察時の電子線照射によって幼虫の最外層に50-100ナノメートル(1ナノは10億分の1)の薄膜が形成され、それが高真空下での体表からの気体や液体の放出を抑制していることが分かった。単に真空状態にしただけでは、こうした現象は起きなかったという。

研究グループは、この保護膜を「ナノスーツ」と名付けた。成分を分析したところ、食品添加物にも指定されている界面活性剤「Tween20」が似た成分をもち、生物適合性もよいことが分かった。この界面活性剤を、これまで電子顕微鏡で直接観察が不可能だった蚊の幼虫(ボウフラ)やハムシなどに塗り観察したところ、電子線照射によってナノスーツが形成され、微細構造や動く様子を観察することができた。虫などがナノスーツで保護され、生きたまま観察できるのは1時間ほどだという。

これまでの電子顕微鏡観察では電子線の透過しやすい高真空環境が必要で、生物試料は電子顕微鏡内の高真空チャンバーに配置する。しかし、体内の水分蒸発によって体積収縮し、表面の微細構造は大きく変形する。そのため生物試料を化学固定し、乾燥処理や表面のハードコーティング処理を行い、死んでいる生物を観察していた。今回の「ナノスーツ法」によって多様な生物の数多くの機能や微細構造を解明できれば、生物学や農学、医学などの生命科学分野だけでなく、バイオミメティックスをはじめとする「ものづくり」分野の発展にも貢献できそうだ。

研究成果は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業・チーム型研究(CREST)研究領域「ナノ科学を基盤とした革新的製造技術の創成」の研究課題「階層的に構造化されたバイオミメティック・ナノ表面創製技術の開発」によって得られた。