東北大学は4月11日、光感受性イオンチャネルである「チャネルロドプシン2(ChR2)」をラットの脳神経細胞に導入し、海馬に間欠的な光刺激を与えることで、極めて再現性の高いてんかん発作モデルを作成することに成功したと発表した。

成果は、東北大大学院 医学系研究科 生体システム生理学分野の虫明元教授、同・神経外科学分野の冨永悌二教授、同・てんかん学分野の中里信和教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、4月10日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

てんかんは有病率0.5~0.8%という、比較的頻度の高い疾患だ。てんかん発作は、脳内の多数の神経細胞が過剰に同期して発火することで生じる異常活動だが、脳がそのような状態に移行するメカニズムは現在までわかっていない。そのため、根本的な治療法は今もって開発されておらず、薬物治療が適切に行われていると考えられる患者においても、約3割は発作が完全にコントロールされていない状況である。

てんかんの治療法が開発されていない理由の1つとして挙げられるのが、効率よくてんかん発作を再現するモデル動物がなかったことだ。もちろん、てんかんの病態や治療法を研究するためにさまざまな動物モデルが開発されてはきたものの、それぞれに短所がある。「キンドリングモデル」はヒトに類似したてんかん発作を再現するが、作成に数週間から数カ月要してしまう。「音響けいれんモデル」は、即時に発作を再現できるがヒトのてんかん発作とは類似しない。このように、てんかん発作を再現する効率(作成時間、死亡率、確実な発作の誘発)とヒトてんかん発作との類似という点においてすべてを満足するモデルがなかったのである。

「オプトジェネティクス(光遺伝学)」は光学と遺伝学を融合したもので、神経機能を調べる目的に神経科学領域で近年盛んに研究されている分野の1つだ。技術的には、特定の波長の光に反応して活性化するタンパク質を、遺伝的に特定の細胞に導入するというものである。ChR2はその内の1つであり、青色光を当てると開く陽イオンチャネルだ。ChR2を発現させた神経細胞に青色光を当てると、光を照射している間は神経細胞が脱分極し、興奮させることができる。この技術によって、特定の細胞の活動をミリ秒単位という正確さで時間的にコントロールすることが可能となるのだ(画像1)。

画像1。オプトジェネティクスによるてんかん発作モデル

研究チームは今回、オプトジェネティクスを応用して開発したラットを用いたてんかん発作モデルは、周波数が10Hzおよび20Hzの光刺激条件において、ほぼ100%の確率で発作を繰り返し誘発することが可能である。発作は四肢の運動症状を伴うことからヒトのてんかん発作と類似していることも確認済みだ。また、繰り返しの発作誘発による死亡が観察されることはなかったという。この新しいてんかん発作モデルは、短時間に発作を繰り返し再現できることから、てんかん発作の新しい治療法を効率よく評価するモデルとして期待されると、研究チームはコメントしている。

さらに、光を介して神経細胞に作用するために電気的な雑音がなく、てんかん発作が生じる過程の電気生理現象を海馬内に刺入した多点電極による脳波で同時に観測することが可能な点も長所だ。脳波を統計学的に解析したところ、てんかん発作が発生する時には海馬の背側から腹側への情報伝達が優位となり、発作の終わりに向けてこの情報の流れが反転することが明らかになっている(画像2)。

画像2。光刺激によるてんかん発作モデル。波形は実際の脳波を示しており、光刺激中に始まり光刺激終了後も持続する、振幅の高い律動的な活動が観測された

このことから、てんかん発作になる脳回路の病的な状態遷移の機構を理解することで、逆にてんかん発作を正常な脳活動に戻す状態遷移の機構、すなわち治療方法の開発にもつながる研究に今後発展することが期待されると、研究チームはコメント。また、海馬が記憶に関わることから、海馬回路の特性を調べる新たな研究ツールとしても優れたモデルだとしている。