生理学研究所(NIPS)と科学技術振興機構(JST)は4月11日、米ワシントン大学との共同研究により、脊髄損傷モデルのサルにおいて、脊髄の損傷部分を人工的にバイパスしてつなぐ「人工神経接続」技術を開発し、脳の大脳皮質から出る電気信号により、麻痺した自分自身の手を自在に動かすことができるようにまで回復させることに成功したと共同で発表した。

成果は、NIPSの西村幸男准教授らの研究チームによるもの。研究はJST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「脳情報の解読と制御」研究領域における研究課題「人工神経接続によるブレインコンピュータインターフェイス」の一環として行われ、詳細な内容は4月11日付けで神経回路専門誌「Frontiers in Neural Circuits」電子版に掲載された。

脊髄は、脳と手や足をつなぐ神経の経路となっていることから、脊髄が損傷してその経路が途絶えてしまうと、脳からの電気信号が手や足に届かなくなり、手足を動かせなくなってしまうのはよく知られている。

しかし西村准教授らは、脊髄損傷を負った患者であっても、脊髄の途中で神経経路が途絶えているだけであるから、損傷部位をバイパスして脳からの電気信号を機能の残っている脊髄に伝えることができれば、手足を健常に動かすことができると考えた。

そこで、特殊な電子回路を介して傷ついた脊髄をバイパスし、人工的につなげる「人工神経接続」の技術を開発(画像1)。実際、脊髄損傷モデルのサルの損傷した脊髄を人工神経接続によってバイパスさせたところ、手の筋肉を思い通りに動かすことができるようにまで回復したのである。

画像2が、人工神経接続によって、筋肉を自在に動かすことができるように回復したことを証明するデータ。脳の局所電位を記録し、そこから腕の運動に関わる電気信号が抽出されている。その信号に合わせて障害部位より下の脊髄に刺激が与えられたところ、刺激に合わせて腕の筋肉の収縮が見られ(腕の筋電図)、手を動かし、レバーを押すことができるようになった。人工神経接続の電子回路をオフにしたときには、こうした手の動きは見られなかったという。

画像1。損傷した脊髄をバイパスさせ、人工的に脳と脊髄の運動神経をつなぐ「人工神経接続」技術の模式図 (原画:理系漫画家はやのん)

画像2。人工神経接続によって、筋肉を自在に動かすことができるようにまで回復した

西村准教授は今回の成果に対し、「運動麻痺患者の切なる思いは、自分自身の体を自分の意思で自由自在に動かしたい、ということにつきます。今回の手法はこれまでの研究とは異なり、ロボットアームのような機械の手(義手)を自分の手の代わりに使っていません。自分自身の麻痺した手を人工神経接続により、損傷した神経経路をバイパスして自分の意思で制御できるように回復させているところが新しい点です。従来、考えられてきた義手やロボットを使う補綴より実現の可能性が高い(早道である)のではないかと考えています」とコメントしている。