科学技術振興機構(JST)と大阪大学(阪大)は3月25日、グリア細胞の1種で、脳を修復する免疫細胞と見られていた「ミクログリア」が、運動機能を司る神経細胞の保護にも関わっていることを発見したと発表した。

成果は、阪大大学院 医学系研究科の山下俊英教授、同・上野将紀助教(現・シンシナティ小児病院 研究員)、同・藤田幸特任助教らの研究グループによるもの。研究はJST課題達成型基礎研究の一環として行われたもので、詳細な内容は現地時間3月24日付けで英国科学誌「Nature Neuroscience」オンライン速報版に掲載された。

発達期の脳では、神経細胞による神経回路の構築が活発に行われていることが知られている。そのダイナミックに神経回路が変化する様子に目が奪われがちだが、そうした神経回路と神経細胞の生存を維持する仕組みも重要だという。しかし、そうした仕組みが神経回路の周囲の環境に存在するということが推測されてはいるが、詳しいことはまだわかっていない状況である。

ちなみに末梢神経系においては、神経細胞の標的となる器官より放出される「神経栄養因子」により、神経回路・神経細胞の維持が行われていることは判明済みだ。しかし中枢神経系においては、このような仕組みが本当に存在するのかどうか自体が不明で、また存在するとしてもどのような細胞や周囲の環境がこれに寄与するのかについてはわかっていなかったのである。

一方、ミクログリアは主に病態下の脳内において、炎症や貪食などによる脳組織の修復・除去といった機能に関与することから、これまで脳内の免疫細胞と考えられてきた。しかし近年の研究によって、ミクログリアは正常な脳や発達期の脳においても役割があることがわかってきている。ミクログリアはそうした状況下の脳において形態を変化させ、シナプスや死細胞の除去といった脳環境の維持に不可欠な事象に積極的に関わっているというのだ。

中でも、ヒトやげっ歯類の発達期の脳では、活性化したミクログリアが脳の「軸索」(神経細胞体から伸びる繊維状の構造で、神経細胞において信号の出力を担う)が集まる「白質」(脳および脊髄の神経繊維の存在する部位)に集中している、という特徴的な所見も報告されている。しかしわかっているのはそこまでで、これらの細胞がどのような役割を持っているのかまでは、現在のところ不明という状況だ。

そうした未解明のミクログリアの役割を確かめるべく、研究グループは今回、マウスを用いて脳内でのその分布を調べることから研究を開始。その結果、ミクログリアは生後1週間の間に、脳内の神経軸索が通過する部位に集まり、形態的な特徴から活性化していることがわかったのである。

画像1がそれを表したもので、まず(A)が発達期マウスの脳矢状断の模式図で、緑矢印は皮質脊髄路を示す。そして(B)が、発達期マウスの脳冠状断((A)の点線部)の模式図で、水色の四角内はそれを拡大した図だ。大脳皮質第5層には、脊髄へと軸索を伸ばす皮質脊髄路(緑矢印)を構成する神経細胞(緑三角)が局在することがわかっている。ミクログリア(橙色)は、この軸索周囲に集まる形だ。(C)は、実際にミクログリア(赤)が皮質脊髄路の軸索(緑)に集まっているところを撮影した蛍光顕微鏡画像である。

画像1。発達期脳においてミクログリアは軸索の周囲へ集まる

またこの特徴的な分布は、生後2週目以降から成体にかけては認められなくなることも判明した。こうした観察から研究グループは、ミクログリアが神経軸索に対して、何らかの生理的な役割を持っているのではないかと推察したという。

次にその役割を解明するために、ミクログリアの活性化を抑制する薬剤「ミノサイクリン」を新生児マウスに投与し、脳内に起こる変化が観察された。すると、大脳皮質の6層ある内の第5層に存在する神経細胞に特異的に細胞死を引き起こすことが発見されたのである。

脊髄へと軸索を伸ばし随意運動機能を司る「皮質脊髄路神経細胞」や、反対側の大脳皮質へと軸索を伸ばす神経細胞が存在するのがこの第5層だ。ミクログリアの分布を詳細に観察すると、これら神経細胞の軸索の周囲に活性化したミクログリアが集まっていることがわかったのである。

これらの結果から研究グループが推測したのは、脳発達の特定の時期に、ミクログリアが軸索と密接に関わりながら大脳皮質第5層神経細胞を保護しているというものであった。その役割を検証するため、ミクログリアのみを除去したり、活性化状態を変化させたりすることができる遺伝子改変マウスを用いての観察を実施。その結果、これらマウスにおいてもミクログリアの機能を阻害すると、大脳皮質第5層の神経細胞に細胞死が誘導されることがわかったというわけだ(画像2・3)。

画像2(左):ミクログリアの不活性化あるいは除去(青)を行うと、大脳皮質第5層を構成する神経細胞に細胞死(赤三角)が誘導されるのを表した模式図。画像3:大脳皮質第5層の皮質脊髄路神経細胞(緑)に細胞死(赤:矢頭)が起こる様子を撮影した蛍光顕微鏡画像。ミクログリアの不活性化および除去は、大脳皮質第5層の細胞死を引き起こすのである

次に研究グループがターゲットとしたのが、ミクログリアにより神経細胞を保護するメカニズムの解明である。それを行うべく、ミクログリアから放出される因子の網羅的な調査が行われた。その結果、神経細胞の生存や成長を促す機能を持つ成長因子の1種で、数種の「IGF(インスリン様成長因子)結合タンパク質(IGFBP)」によってその作用が調節されるという特徴を持つ「IGF1」がミクログリアに多く発現していることがわかったのである(画像4・5)。

そして培養細胞やマウスを用いてミクログリアから放出されるIGF1を阻害したところ、神経細胞に細胞死が誘導されることが判明。このことから、ミクログリアから放出されるIGF1が、神経細胞の保護に関与していることが明らかになったというわけだ。

また、前述のミクログリアの活性化を抑制する薬剤のミノサイクリンを投与されたマウスや、ミクログリアのみの活性化状態を変化させたマウスでは、IGF1シグナルを抑制するIGFBPの発現が増加して、神経細胞死を誘導することが確認されている。

画像4(左):大脳皮質第5層を構成する神経細胞(緑三角の軸索(緑矢印))周囲にミクログリア(橙色)が集まり、IGF1(桃色)を分泌することで、神経細胞の生存の維持に働いていることを表した模式図。画像5:ミクログリア(茶)はIGF1(青)を強く発現しているのがわかる。ミクログリアはIGF1を介して大脳皮質第5層の神経細胞の生存を促すのである

今回の研究により、脳内の免疫細胞と考えられていたミクログリアの新たな機能が明らかになり、さらに発達期に神経細胞が維持されるメカニズムも明らかにされたわけだが、特に大脳皮質第5層に存在する皮質脊髄路神経細胞は、脊髄損傷、脳血管障害、筋萎縮性側索硬化症(ALS)といった脳の病気やけがなどで傷害を受け、その結果、運動機能に重篤な障害がもたらされることがわかっていることから、ミクログリアによって、これら神経細胞を保護する効果を誘導することができれば、新たな治療法の開発につながると期待されると、研究グループはコメントしている。