NTTは、安定度の高い光を作り出す技術として広く用いられているレーザと類似の原理をMEMSに適用し、100万分の1以下という小さな周波数揺らぎしか持たない振動子の動作を実現したと発表した。

同成果の詳細は、米国の科学誌「Physical Review Letters」電子版に掲載された。

電子機器における基準交流信号を作り出す素子である水晶振動子は、近年の通信・情報処理装置に欠かすことのできない素子として用いられている。水晶振動子は薄膜の振動を用いることで高い周波数安定性を実現できることが特徴で、電子機器の小型化に伴い、さらなる小型化・高周波数化が求められている。今回、同社の研究チームでは、MEMSに対してレーザに類似した原理を適用することで、高い精度の超音波振動を生成する振動子の実現に成功したという。

このMEMSの心臓部は、長さ250μm、幅85μm、厚さ1.4μmの細く小さな板バネで、この板バネ構造にレーザと類似の原理を適用することで、周波数ゆらぎが100万分の1以下の極めて高い精度の振動を生成することに成功。このような超音波に対するレーザは、「SASER(Sound Amplification by Stimulated Emission of Radiation)」と呼ばれているが、電気的に制御が可能なMEMSによるSASERを実現したのは、世界で初めてだと研究チームでは説明する。

図1 実現したMEMS素子(SASER)の構造。作製したMEMS素子(SASER)の電子顕微鏡写真(色は人為的につけている)。オレンジ色の部分が金電極で、信号の入出力に用いる。青色の部分は半導体の導電層。中央にある板バネ振動部が、紙面に垂直方向に振動する。実験では下部の電極から周波数精度の低い振動を入力したところ、上部の電極から周波数ゆらぎが80mHzしかない精度の高い信号が出力された

安定性の高い光源として用いられているレーザでは、原子が高いエネルギーの状態から低いエネルギーの状態に移る際のエネルギー差を使って光を放出するが、今回のMEMSレーザー(SASER)では高いエネルギーと低いエネルギーの2つの振動状態を用いることで、レーザにおける原子の役割を板バネ振動子に持たせたという。

図2 SASERにおける超音波の発生機構。レーザでは高いエネルギーの状態(電子の軌道)から低いエネルギーの状態に原子が変化する際に放出されるフォトン(光の粒)を用いて精度の高い光を作る。一方、SASERでは高いエネルギーの振動状態から低いエネルギーの振動状態へ板ばねが変化する際に放出されるフォノン(音波の粒)を用いて、精度の高い超音波信号を生成する

研究チームでは、圧電効果を用いて振動状態を電気的に精密制御することで、高いエネルギーの振動から低いエネルギーの振動に移る際のエネルギー差を、超音波振動として効率的に取り出す条件を見出すことに成功しており、これにより、高い安定性の超音波を実際に作り出せることを実証したとする。具体的には、幅70Hzの大きな周波数揺らぎの交流電圧を素子に加えたところ、ゆらぎが80mHzしかない周波数が安定した振動を確認したという。ちなみに、このゆらぎは振動周波数の200万分の1で、交流電圧がある大きさを超えた時にのみ生じ、レーザ発振でみられるのと同様のしきい値特性を示しており、これらの特徴はレーザと類似しており、超音波に対して同様の動作を実現したことに相当すると研究チームでは説明する。

図3 SASERにより生成された振動の周波数スペクトル。出力された振動スペクトルを示す。入力信号電圧が58mV以下の時には、振動は観測されなかった。入力が58mVを超えると突然数ケタ大きな振幅で発振が始まる。これがしきい値特性と呼ばれるもので、図では入力信号電圧が58.5mVの時に得られた最も狭いスペクトルで、周波数のゆらぎは80mHzとなっている。このゆらぎは発振周波数である174kHzの約200万分の1となっている

今回の原理実証実験では、通常の水晶振動子と同レベルの100万分の1以下の周波数精度を2.5Kという低温において確認していることから研究チームは今後、1GHz以上の高周波数動作や室温動作、より高い周波数安定性の実現に向けて、素子の小型化や最適化、詳細な発振特性の解析を進めていくとしており、将来的には水晶振動子より小型で高周波数かつ高精度な、半導体チップに集積可能な振動子への応用につなげたいとコメントしている。