シェール革命――。これまで取り出すことが困難だった頁岩(シェール)層にある石油やガスが、新技術によって取り出すことが可能になったことから、そう呼ばれるようになった。日本でも、「原発再稼動の見通しが立たず、火力発電頼みの日本の電力会社にシェールガスの輸入許可が出る」、「アメリカがエネルギーを自給できるようになれば、中東から手を引く」、「いや、中国をけん制するために引かない」、「アメリカの株は買いだ」など、さまざまな情報が乱れ飛んでいる。"百聞は一見に如かず"。何でも現場を見なければ気がすまない筆者は、アメリカに飛んだ。

デンバーにある「鉱山大学」、中国からも多くの留学生

シェールバブルに沸き、全米で最もホットな米北部ノースダコタ州ウィリストンに向かう途中、コロラド州デンバーで乗り継ぎ便を待つ。空港内でやたらと「Colorad School of Mines(コロラド鉱山大学)」の垂れ幕が目に入った。日本では鉱山学部といえば、学部名称は変わってしまったが秋田大学に残っているぐらいだ。だが、資源競争の激しさが増す世界では、全く見方が異なる。鉱山学部の卒業生は、掘削現場の監督者として世界中で引く手あまた。年収10万ドルを超える人もいるという。

デンバー空港の歩く歩道にかかる、コロラド鉱山大学のポスター

コロラド鉱山大学では、シェールガス、オイルの賦存量などを調査や、採掘方法の研究も行っている全米屈指の学術機関だ。日産のカルロス・ゴーン社長の母校として知られるパリ国立高等鉱業学校、英国の「Royal School of Mines」と並び、世界三大鉱山大学として知られている。そのため、シェールガスの賦存量では米国を抜いて世界一といわれている中国からも、たくさんの留学生が来ていると聞いた。

「シェールオイル」が出るウィリストン、町の宿はどこに行っても満室

カナダと国境を接するノースダコタ州の西部では、いたるところで「シェールオイル」が掘り出されている。その中心都市がウィリストン市だ。同市への唯一の直行便にデンバーから乗って約2時間半のフライトで到着する。

ウィリストンは、以前から石油の町として知られていた。1950年代に石油の生産がはじまり、この地域はバッケン油田と呼ばれるようになった。町の人たちはこれを1回目のブームと呼ぶ。その後、生産量は減ったものの1970年代に入ると再び生産が増えた。これが2回目。そして、今回の「シェール革命」で3回目のブームが訪れた。

そのおかげで、全米はおろか、世界から労働者が集まり、ウィリストンでは、失業率が1%を切っている。町の宿はどこに行っても満室で、部屋を確保するのも一苦労だった。やっとのことで見つけたモーテルの駐車場には、ピックアップトラックが何台も止められていた。石油現場の労働者たちの車だ。

部屋の内装はお世辞にも良いとはいえないが、温熱パイプの暖房がガンガンに焚かれていて、外は厳寒なのに室内は暑いくらいだ。それでも、1泊150ドルは高い。

朝起きるとモーテルのひさしには、30センチを超える氷柱がぶらさがっていた

町のいたる所に、米つきバッタならぬ「ノディング・ドンキー」

人口2万人という町の大きさに不釣り合いなほど大きなウォルマート。酒売り場には、泥だらけの作業服を着た採掘現場の労働者とおぼしき連中が、大量に酒を買い込んで行く。まるで映画『アルマゲドン』で石油採掘作業員を演じるブルース・ウィルスさながらだ。

町のいたる所に、米つきバッタならぬ、「ノディング・ドンキー」と呼ばれる石油汲み上げ機械が設置されていて、その横にはタンクが貯蔵用に設置してある。

はしご車のように、石油掘削リグを搭載したトラック。右下にあるのが、ノディング・ドンキー

ウィリストンの町を車で走っていると、ノディング・ドンキーと、石油タンクを数多く目にする

「ドンキー」が設置されている前の場所には、「リグ」と呼ばれる、鉄塔が立っている。これを使って、地下2000~3000メートルともいわれる場所を掘削する。ある場所では、はしご車のはしごのように、「リグ」を載せたトラックがあり、そのまま掘削をしていた。

高さ30メートルはある石油掘削リグ

石油掘削リグの内部。ここからパイプが地中深くもぐっていく

アメリカにとって悲願のエネルギー面での"自立"、これは確かに「革命」だ

昨年末、国際エネルギー機関(IEA)は「アメリカは、2017年までにサウジアラビアを抜いて世界一の産油国になる」と発表した。アメリカにとってエネルギー面での"自立"は悲願だ。「サウジアメリカ」という言葉も聞くようになった。

ピューリッツアー賞『石油の世紀』の筆者であるダニエル・ヤーギンは、近著『探求』(日本経済新聞社)で、「エネルギーの独立はニクソン大統領以来、アメリカの政策目標の一つになった」と書いている。当時、中東での戦争で世界が石油危機に見舞われていた。長い間、悲願だったエネルギーの独立に向かって前進しているのだとすれば、それは確かに、「革命」だ。