放射線医学総合研究所(放医研)は2月26日、「自分は平均より優れていると思う」ということは心の錯覚であり、脳内メカニズムがこの錯覚に関係していることを明らかにしたと発表した。

同成果は、放医研 分子イメージング研究センター 分子神経イメージング研究プログラムの山田真希子 主任研究員、スタンフォード大学 医学部のウディン講師らによるもので、詳細は米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン速報版で2013年2月25日の週(米国東部時間)に公開される予定。

人間は自分のことを正確に知ることが難しく、自己の性格や能力を過大評価する傾向がある。なぜ、そのように自己の正確な認識ができず、過信してしまうのかについて、これまでの心理学研究から、この特徴が健康な心の証であり、健常な人間は自分のことを他人より優れていると錯覚することが示されている。例えば、知能や技能、望ましい性格など、多くの人間は、自分が平均よりも上だと答える傾向があるが、集団の大多数が"平均"より上になることはできない。しかし、他人より優れていると錯覚することで、自分自身の可能性を信じて未来への希望や目標に向かうことができるようになると考えられている。

一方、気分が沈みがちな状態では、現実的に自分自身をとらえてしまうという特徴も人間は有しており、「抑うつの現実主義」と呼ばれ、他人より優れているという"優越の錯覚"を持つことは心の健康に重要な役割を果たすと考えられてきた。

こうした、"自分は平均より優れている"と思う錯覚が人間の特徴的な思考の1つであるのなら、その背景には生物学的基盤があるはずだが、これまでの多くの研究は、行動を指標とした認知心理学研究が中心で、それにより優越の錯覚などの認知の歪みの存在が示されてきたものの、脳研究としては、脳のどの部分が活動しているかを血流の変化を指標として調べるfMRIを用いて、言語理解や状況判断などの特定の認知に関わる脳機能の解読が進められてきただけで、認知神経活動の背後にあるはずの分子メカニズムはこれまでほとんど明らかにされてこなかった。

今回の研究では、優越の錯覚の分子機構と脳機能の相互関係を明らかにすることを目標に、fMRIとPETを組み合わせる形で研究が行われた。

具体的には、健常男性被験者24名を対象に、最初にパソコンの画面上に表示されるさまざまな性格を表す言葉に対して、自分はどれくらい平均より優れているか劣っているかを回答してもらい、各個人がどのくらい自分が平均より優れていると評価するのか、その錯覚(優越の錯覚)の程度を定量化した。

自分が平均より優れていると評価する錯覚を調べる認知心理学課題。性格をポジティブ、またはネガティブに表現する単語が、それぞれ26個ずつ(合計52個)、ランダムな順序で画面上に提示される。被験者は視覚的評価スケール上のカーソル(黄)を左右に動かして、自分はどれくらい平均より上か下かを答えるという試験となっている

このテストから、錯覚の程度には個人差があったものの、多くの人が、自分は平均より約22%優れていると自己認識する傾向にあることが確認されたほか、うつ度チェック法である「ベック絶望感尺度」を用いて抑うつの程度を測定。抑うつの程度と優越感の錯覚の程度との関係性を調べたところ、絶望感の低い人(抑うつの程度の低い人)ほど優越の錯覚が強いことが判明したという。

各被験者の優越の錯覚のプロット図。多くの人が平均よりも約22%優れていると自己認識していることが示された(中央値0.22)

絶望感と優越の錯覚の相関。絶望感と優越の錯覚の程度は負の相関を持っており、絶望感が低い人ほど錯覚が強く、絶望感が高い人ほど錯覚が弱いことが示された

次に、脳内のドーパミンD2受容体密度を検討できる11Cラクロプライドという薬剤を用いてPET検査を行い、モデル解析により脳内の線条体と呼ばれる部位のドーパミンD2受容体を計測したほか、同一被験者に対し、fMRIを用いて安静時の脳活動データを計測し、線条体と機能的に結合を持つネットワークの探索を実施。併せて、機能的結合の強さと線条体のドーパミンD2受容体密度との相関関係に関する解析を実施し、これらの解析結果と優越の錯覚の程度との相関関係を調べた結果、線条体のドーパミンD2受容体密度は前部帯状回と線条体の機能的結合の度合いと相関関係にあり、その機能的結合の度合いが「優越の錯覚」の程度と相関することが確認されたとする。

脳の線条体(黄囲み)におけるドーパミンD2受容体のPET画像。脳内のドーパミンD2受容体を検討できる11Cラクロプライドを用いてPET検査を行い、モデル解析により脳内の線条体と呼ばれる部位のドーパミンD2受容体の測定を実施した様子。赤いほどドーパミン受容体の密度が高いことを示してしている

この相間について研究グループは、線条体と前部帯状回は、行動や認知を制御する脳内の制御機構と考えられており、これら2つの制御機構の同調性が低い(機能的結合が弱いことを示す)と、制御する働きが弱いために優越の錯覚は抑えられていない状態で、制御機構の同調性が高い(機能的結合が強い)と、制御する働きが高いために優越の錯覚が抑えられている状態と解釈できる可能性が考えられると説明する。

機能的結合強度と優越の錯覚との関係性。左がfMRIで計測した、安静時の脳活動データ。図中赤い部分は、線条体と機能的な結合を持ち、かつその機能的結合が線条体のドーパミンD2受容体密度と相関する脳部位を示している。一方の右は、前部帯状回と線条体との機能的結合強度と優越の錯覚との関係を示すもの。各被験者のデータを丸で示しており、線条体と前頭葉にある前部帯状回の機能的結合強度と錯覚の程度との間には負の相関関係があることが見て取れる。前部帯状回-線条体機能的結合強度が強いほど錯覚の程度は低く、機能的結合強度が弱いほど錯覚は強い

そこで、さらにこの因果関係の検証に向け、ブートストラップ手法を用いた統計学的手法「媒介解析」を実施したところ、優越の錯覚の強さに影響するのは「前部帯状回-線条体の機能的結合」の弱さであり、その弱さは「線条体におけるドーパミン受容体密度」の低さによることが判明したという。

優越の錯覚の脳内システム概念図。媒介解析から、線条体ドーパミンD2受容体密度は、線条体-前部帯状回の機能的結合を介して、優越の錯覚に影響を及ぼすことが示された。線条体のドーパミンD2受容体密度が低いと、線条体と前部帯状回の機能的結合が弱く、優越の錯覚が強い。一方、線条体ドーパミンD2受容体密度が高いと、線条体と前部帯状回の機能的結合が強く、優越の錯覚は弱くなる

この結果について研究グループは、脳内に自分自身について優れていると思う心の仕組みが脳内に埋め込まれていることを示すもので、これにより、特定の症状を説明する認知現象の脳内メカニズムの解明につながることが期待されるようになることから、例えば抑うつの特定の症状のバイオマーカーの創出につながるなど、精神医療において症状を標的にした新たな診断や治療戦略を打ち出すことも将来的には可能になるものと期待されるとコメントしている。

また、異なる学問領域の研究手法を融合させた今回のアプローチについて、認知システムの背景にある脳機能と分子基盤を知る上で重要となるもので、今後の新たな領域横断的な学術の発展につながることが期待されると説明している。