大阪大学(阪大)は、動力学的スピン注入法であるスピンポンピングを用いて、p型シリコン(Si)中の室温スピン輸送を実現したと発表した。これにより、n型、p型のシリコンに室温でスピン情報を伝播させる基礎技術が確立したことになり、シリコンを用いたスピントロニクス領域の大きな発展が期待できるという。

同成果は、同大 大学院基礎工学研究科 システム創成専攻 電子光科学領域 仕幸英治特任准教授、久保和樹博士前期課程2年生、白石誠司教授らによるもの。研究は東北大学金属材料研究所の齊藤英治教授、安藤和也助教と共同で行われた。詳細は、米国物理学会論文誌「Physical Review Letters」に1月29日付で受理され、近日中に公開される。

エレクトロニクス産業の発展はシリコンCMOSトランジスタの性能向上とともにあった。しかし、プロセスの微細化が進み、20nm以下のデバイスが登場しようとしている昨今、いわゆるムーアの法則が限界に近づきつつあると言われるようになっており、従来の電荷制御型のシリコンデバイスではない新しい発想に基づくbeyond CMOSと呼ばれる新たな技術の実用化が求められている。スピントロニクスはその有力候補の1つであり、特にシリコンスピントロニクスは産業親和性の良さやスピンコヒーレンスの良さなどから、研究開発領域として注目されている。

研究グループは、これまでスピントロニクスにおいて重要な役割を果たす純スピンに着目してシリコンスピントロニクスの研究を続けてきた。純スピン流は、理想的にはエネルギーの散逸がないため、究極の省エネルギー情報伝播方法となりうることが期待されており、もし、これを活用して超低消費情報伝播をシリコンで達成することができれば、従来のエレクトロニクス産業のインフラ設備をそのまま流用することが可能であるなど、設備投資を抑制しつつ、新たな応用展開への道が開かれると考えられている。

しかし、論理回路の作製にはn型とp型の半導体素子が必要となり、すでにn型シリコンは室温純スピン流輸送が実現していたものの、p型シリコンにおいてはこれまで実現されておらず、シリコンスピントロニクスの実現に向けた課題となっていた。

図1 半導体における情報伝搬技術。従来方式である電荷電流によるもの(上)。消費電力Pは+極と-極の間の電圧Vと電流Iとの積で決まる。電流が流れる限り(Iがゼロでない限り)、Pはゼロにはならず、電力の消費は避けられない。純スピン流による方式(下)。純スピン流では電流がほぼゼロ(I~0)のため、電力消費がほぼゼロになることが期待できる

今回の研究はその課題を克服するために行われたもの。具体的には、1×1019cm-3程度の不純物ドーピングを行ったp型シリコン上にNi-Fe合金薄膜(磁性体)を形成し、強磁性共鳴を用いたスピンポンピングという動力学的手法により、Ni-Fe合金からp型シリコンの内部に純スピン流を生成。また、生成された純スピン流を、同一シリコン上でNi-Fe合金から離して形成したPd薄膜に吸収させ、そのPdにおける逆スピンホール効果による起電力として検出することで、p型シリコン中を純スピン流が輸送されたことを実証したとする。

なお今回の成果は、1×1019cm-3程度の高いドーピング濃度のp型シリコンであることから、研究グループでは今後、実際の半導体論理デバイスに必要な1×1017~1×1018cm-3程度の比較的低いドーピング濃度のp型シリコンでの達成を目指すとするほか、動力学的手法の最適化を図ることで、より効率的なスピン注入と伝播を目指し、シリコンスピン素子の創出を目指すとしている。

図2 今回作製された素子構造と実験の概要。強磁性共鳴を用いたスピンポンピングにより、Ni-Fe合金薄膜(磁性体)からp型シリコン(Si)の内部に純スピン流を生成。その純スピン流はp型Si中を流れ、Pd金属薄膜に吸収される。Pdは強いスピン軌道相互作用を有しており、逆スピンホール効果の期待できる材料であるため、吸収された純スピン流が電荷電流へと変換されることが予想でき、この結果、Ni-Fe合金薄膜の強磁性共鳴下において、Pd薄膜から起電力(電圧)を観測することができれば、p型Si中の純スピン流輸送を達成できたことが示されることとなる

図3 観測された起電力特性。横軸はNi-Fe合金薄膜の強磁性共鳴磁場HFMRに対する外部磁場、縦軸はPdにおける出力電圧を表す。測定温度は室温。素子への外部印加磁場方向を変えることで、逆スピンホール効果に起因する起電力の発生を簡単に制御できる。赤線と黒線では素子への印加磁場方向が互いに異なり、それぞれPd薄膜における逆スピンホール効果発現の有無に相当しており、赤線が電流を伴わない情報伝搬に成功していることを示す結果となっている