大阪市立大学(大阪市大)は1月30日、国際宇宙ステーション(ISS)にマウスの万能細胞の一種である胚性幹細胞(ES細胞)を打ち上げて長期間冷凍保存し、その後、地上に戻してDNA切断や染色体異常、発生能力などを解析し宇宙環境の哺乳動物細胞への影響を調べ、人類の長期的な宇宙滞在による影響を検討する基礎データを得るとともに生体に備わるDNA修復遺伝子の機能について明らかにする研究を実施することを明らかにした。

同大大学院医学研究科の森田隆教授を中心とする研究グループが実施するもので、実験に用いられるマウスES細胞は、2013年3月上旬に打ち上げ予定となっている「Space X-II号機」でISSへと持ち込まれることとなる。

宇宙は微小重力状態であると同時に放射線を多く受ける環境だ。特に、宇宙放射線は低線量ながら、重粒子線など生物影響の大きい放射線を含むため、将来、人類が月面や火星などにおいて、長期的に宇宙に滞在するためには、そうしたものの人体への影響を予測し防御法を考える必要がある。

今回、ISSに送られるマウスのES細胞は、最長3年間(約6カ月、1年、1.5年、2年、3年)、-95℃の冷凍庫(MELFI)に保存され、その後、地上に送られ、5つの主な研究が行われることとなる。

今回の研究の概要

1つ目の研究は「細胞生存率の解析」で、宇宙環境で保存したマウスES細胞を地上で培養し、その増殖を調べるというもの。宇宙放射線には陽子や鉄、炭素などがイオン化した重粒子線などが含まれており、特に重粒子線は細胞に対する傷害が大きいことが知られている。地上実験として重粒子線がん治療装置を用いて調査が行われた結果、鉄イオンに対する影響が大きいことが判明したが、宇宙放射線はこのような粒子線が多種混在しているため、地上ではその実態を再現することは困難であるため宇宙での実験が必要になるという。

放射線医学総合研究所の重粒子線がん治療装置を用いて地上で放射線の影響を調べた結果

2つ目の研究は「染色体異常の解析」。放射線には遺伝子の本体であるDNAの二重鎖を切断する作用があり、その影響で、染色体の断裂や組み換えによる異常な染色体を生じ、細胞の機能低下やがん化などにつながる。特に宇宙放射線に含まれる重粒子線は、DNAに複雑な切断をあたえることが考えられていることから、それにともなう染色体異常の発生がどのように起こるかを解析する必要があるという。マウスES細胞は正常な染色体を持つ細胞株の1つであるため、正確な解析が期待されるという。

マウスES細胞の染色体をFISHと呼ばれる方法で染色したもの。第1番染色体が緑で、第2番染色体が赤で示されている。正常な核では第1と第2染色体が一対ずつみられるが、右の写真では、第2染色体が切断され、別の染色体に転座していることが見て取れる(矢印部分)。今回の研究では、このような染色体の異常の解析が行われる

3つ目の研究は「初期発生への影響の解析」。マウスES細胞は、発生初期の胚細胞に似てさまざまな細胞に分化する能力を持っているため、宇宙で保存したES細胞を別の受精卵にマイクロインジェクションなどの方法で導入し、胚盤胞が発生するまでの様子をIn vitro(試験管内)検査で追跡することで、着床前の初期胚の発生に対する宇宙放射線の影響を調べようというもの。注入したES細胞はGFPとよばれる緑色のタンパクを人為的に発現させることで、区別することが可能だという。

ES細胞を含んだ胚が胚盤胞と呼ばれる段階まで発生する様子

4つ目の研究は、「ES細胞由来マウスの誕生」。マイクロインジェクションにより作製した胚は「偽妊娠」と呼ばれる受精はしていないが妊娠可能なマウスの子宮に移植することで着床し、器官形成を経て、マウスとして誕生することになるが、この研究では、その過程の追跡などが行われる予定だという。

そして5つ目の研究は、「DNA修復遺伝子を欠損したES細胞の解析」。細胞には、放射線などによるDNA損傷を修復機能がある。例えば、ヒストンH2AXとよばれる遺伝子は、DNAの切断の初期の修復にかかわる遺伝子だが、この遺伝子を欠損させたES細胞では、放射線による染色体異常が高くなることが知られている。そこで今回の研究ではヒストンH2AX遺伝子を欠損したES細胞もISSへと持ち込み、低線量放射線による影響を調べるとともに、生物に本来備わっているDNA修復遺伝子の宇宙環境における働きを明らかにする試みが行われる予定だという。

ヒストンH2AXを欠損させたES細胞では、放射線による染色体異常が高くなる

なお、研究グループでは今回のマウスES細胞の解析に加え、将来的にはヒトES細胞やヒトiPS細胞を用いた放射線とヒトの染色体異常の関係の解析を進めることで、がん化などとの関連性を検討していくとするほか、DNA修復遺伝子の機能を明らかにすることで、それらの遺伝子を活性化することにより宇宙放射線などに対する抵抗性を獲得する方法の考案につなげたり、逆にがん細胞において、修復遺伝子の機能を抑制することで、放射線治療や抗がん剤の増感作用を引き出し、低線量、低用量で治療ができるようになる研究やがんの重粒子線治療の基礎研究に展開していきたいとしている。