東京工業大学は1月24日、蛍光を発するカプセル型のミセルを開発したと発表した。

同成果は同大 資源化学研究所 吉沢道人准教授、近藤圭大学院生らによるもの。詳細は、独化学会雑誌「Angewandte Chemie International Edition」オンライン版に掲載された。

身体や衣類、食器などに付着した汚れを洗い流すために石けんや洗剤が使われるが、こうした洗浄剤は、水になじむ部分(親水性)と油になじむ部分(疎水性)を連結した"ひも状"の両親媒性分子からなる。これらの分子は水中で、疎水性相互作用によって数~数十nmのサイズ幅を持った球状集合体「ミセル」を形成するが、そうしたミセルは、ひも状分子の疎水性部分が内部で集合し、親水性部位がその球状表面を覆うといった構造的特長を持つため、水中で疎水性分子がミセル内部に取り込まれることで、水に溶けない"汚れ"を溶かして、洗い流すことができる。

このようなミセルは、さまざまな親水性および疎水性部位を有する両親媒性分子から合成され、現在も食品、化粧品、塗料などの幅広い分野で利用されている。しかし、英国ブリストル大学のJ. W. McBain氏が1913年に同構造を提言して以降、100年を経た現在でも、汎用的なミセルの大部分は、ひも状の両親媒性分子が利用され、新しい分子構造や分子間相互作用を活用した両親媒性分子による新規なミセルは開発されていないのが実情である。そこで研究グループでは合成化学の立場から、従来のミセルには見られない3つの特徴、「π-スタッキング相互作用の利用」、「サイズ制御された構造」、「特異な蛍光性能」を備えた新たなミセルの作製を進めてきた。

図1 (a)従来のひも状の両親媒性分子と(b)そのミセルの模式図、(c)今回開発した湾曲型の両親媒性分子と(d)そのミセルの模式図

今回、研究グループでは、新しい形状と性質の両親媒性分子の設計を行った。まず最初に、疎水性部位として従来の鎖状で柔軟なアルカンから、パネル状で剛直な芳香族分子であるアントラセンを利用。次に、このパネル状分子を2つ、120度の角度で連結した"湾曲型"の疎水性骨格を考案し、その湾曲部の外側に親水性の官能基を持たせた。この湾曲型の両親媒性分子の合成では、根岸カップリング反応を利用することで、煩雑な精製作業を必要とせず、簡単な洗浄操作で、目的分子をグラムスケールで合成することができたほか、水中、80℃で1分間程度の加熱をするだけで、収率100%で目的のミセルを形成することが確認された。

図2 湾曲型の両親媒性分子の構造と新型ミセルの合成。湾曲型の両親媒性分子は、水中でπ-スタッキング相互作用により集合して、球状のミセルを生成した

この構造は、原子間力顕微鏡などの粒子径の解析によって、外径が約2nmに規制され、4~6つの湾曲型分子から構成される球状のカプセル構造体であることが判明した。こうして得られたミセルは、既知のミセルには見られない目的とした3つの特徴を示したという。

従来のミセル形成では、水中での疎水性相互作用が駆動力となっている。これに対し、今回の研究では、両親媒性分子の湾曲型のパネル部位(アントラセン部位)同士がπ-スタッキング相互作用することで、ミセルを形成していた。このような従来法にない相互作用を駆動力にしているにもかかわらず、これまでのミセルと同等またはそれ以上の安定性を示しており、実際に、水中で高温(~70℃)、強酸性や強塩基性という条件でも、ミセル構造が維持されることが確認された。

また、従来のミセルは、柔軟な両親媒性分子から形成しているため、幅広いサイズ(数~数十nm)の混合物として存在する。そのサイズは濃度に強く依存するため、利用可能な濃度条件が限定されるが、今回のミセルは、剛直な両親媒性分子から形成されるため、約2nmにサイズ制御されたカプセル状の構造体を与えたほか、従来のミセルよりも濃度依存性は低く、1mM~数10mMの範囲で同じサイズを示しており、これにより、ミセルによるサイズ選択的な疎水性分子の内包が可能となったという。

図3 (a)ミセルの原子間力顕微鏡の画像。(b)その拡大図(山の部分がミセルに由来)。(c)原子間力顕微鏡から求めたミセルサイズのヒストグラム。(d)計算で求めた4つの両親媒性分子からなるミセルの構造。

そして、新型ミセルは、アントラセンからなる蛍光性の「殻」を持つことから、特異な蛍光性能を示すことが確認された。アントラセンは通常、紫外光照射により青色に発光するが、水中で形成されたミセルは、π-スタッキングしたアントラセンに由来して、緑白色に発光することが確認されたほか、この蛍光性ミセルは水中で、種々の色素分子を内包して特異な蛍光発光を示すことも確認された。例えば、通常、短波長の光照射(370nm)では発光しない色素分子のDCMは、ミセルに内包されることで、その光照射でも特異的に赤色発光したという。この現象は、ミセルに含まれるアントラセン部位が短波長の光を吸収し、そのエネルギーを内包したDCMに高い効率で転移することで(97%効率)、DCMからの強い蛍光が発することに起因するという。

図4 (a)ミセルによる色素分子(G=DCM,NR)の内包。(b)水中でのミセルおよび色素分子を内包したミセルの写真と紫外可視吸収スペクトル。(c)ミセルおよび色素分子を内包したミセルの紫外光照射下(370nm)での写真と蛍光スペクトル

今回開発された新型ミセルは、簡便かつ大量に合成でき、水や空気、熱、酸や塩基性に安定といった性質を備えていることから、新しい発光性材料(有機ELや蛍光センサ・プローブ、蛍光塗料など)への応用が期待されると研究グループでは説明する。また、この分子設計を応用し、種々のパネル状の芳香族分子を活用したミセルを構築することで、多様な蛍光色やサイズをもつ光機能性ミセルの開発も期待できるともコメントしている。