京都大学は、3次元フォトニック結晶と呼ばれる立体的な人工光ナノ構造体(構成材料はSi)を用いることで、極微小な領域で光を3次元的に曲げ伸ばし可能な立体光配線に成功したと発表した。

成果は、同大 工学研究科 野田進教授、石崎賢司助教らによるもの。詳細は、英科学誌「Nature Photonics」の電子版速報に掲載された。

近年、インターネットの爆発的な普及に伴い、取り扱われる情報・通信量が日々増加している。これらのネットワークの核となるデータセンターなどは、さらなる複雑化・巨大化の実現に向け、その集積化・小型化(究極的には1チップ化)が重要となってくる。

従来のチップは、通常、演算部と配線部が集積されているが、演算部の集積が進むにしたがって、演算部を結ぶための電気配線が複雑化し、多層に渡る膨大な配線が必要となる。この時、演算部・回路部における、エネルギー損失の増加による消費電力の増大や、発熱による熱暴走などの誤動作が問題となると考えられている。

このような問題に対して、複雑化する電子回路の一部を光配線化し、光による通信・信号処理技術を導入し、光と電子を融合させたシステムを構築することが有効であると考えられているが、微小な領域で光の経路を3次元的に曲げ伸ばしすることは容易ではない。これは、光は通常、空間中を自由に伝搬することができるために、配線を曲げた部分から、漏れ出してしまうためである。

今回の研究では、光の存在を許さないという特徴を有する立体的な光ナノ構造である「3次元フォトニック結晶」を活用し、配線を曲げた部分からの光の漏れを無くすることで、自在な3次元立体光配線の基盤技術の構築が行われた。光配線が必要な部分に、3次元フォトニック結晶を配置することで、この部分において、一旦、光が存在(伝搬)できないようにした上で、図1の(d)のように、構造の内部に人工的な光の通り道(光導波路)を形成することで、例え急峻な曲げがあっても、光は外に漏れ出すことがなくなり、光を自由に立体的に伝搬させることができるという考えのもと、研究が行われた。

図1 半導体チップの立体光配線化の概念。(a)半導体チップ(電子回路)の概念図。複数層に渡る膨大な電気配線により構成される。(b)電気配線の一部を光配線化した構造の概念図。配線の色の違いは、さまざまな波長の光が利用できることを示している。(c)および(d)3次元フォトニック結晶を用いた光配線の概念図。(c)のような3次元フォトニック結晶の内部に、(d)のような配線構造が導入される

このような考えを実現するために、まず、水平方向への光導波路について検討を行ったという。水平方向に光を伝搬させるために、容易に考えられる構造として、3次元フォトニック結晶を形成しているストライプの1本を、取り除くことを考案。この導波路の特性について解析した結果、水平方向に対して、広い波長域の光が、伝搬できることがわかった。

そこで次に、垂直方向に導波路を形成することを考えた。まず図2の(b)のように、ストライプの一部を取り除いた構造を垂直方向に積み重ねて導波路を形成することを考えたが、このような垂直方向の導波路を伝搬できる波長域は、水平導波路のものとはまったく異なっており、このままでは立体的な配線として利用できないことが判明。そこで、視点を変え、導波路を斜め方向に導入することを検討したという。

具体的には、図3に示されるような斜め方向の導波路について解析を行ったところ、水平方向の導波路の特性とうまく一致する特性が得られることが判明した。このような特性が得られたのは、3次元フォトニック結晶の「結晶構造」を考慮すると、実は、水平方向と斜め方向が等価な結晶方位となるためであることが、さらなる検証によって明らかにされている。さらに、この斜め導波路から外部にどのように光が取り出されるのかについて検討を行ったところ、導波路自体は斜め方向に傾いているにもかかわらず、図3の(b)に示されるように、ほぼ垂直方向に対して、光が伝搬し、取り出されることが判明し、このことから、斜め導波路を、垂直導波路として、外部からの光入出力にも利用できることがわかった。

図2 3次元フォトニック結晶への光導波路の導入。(a)水平方向の導波路の模式図と伝搬特性。(b)垂直方向の導波路の模式図と伝搬特性。水平方向の導波路の特性と大きく異なっており、水平―垂直方向の効率的な連結が得られないことがわかる

図3 3次元フォトニック結晶への斜め光導波路の導入。(a)斜め方向の導波路の模式図と伝搬特性。水平方向の導波路の特性とよく一致しており、立体的な接続が可能であると期待される。(b)斜め方向導波路と外部空間との結合特性。斜め方向の導波路から、垂直方向に光が取り出されることがわかる

このように、新たな斜め方向の導波路の発見により、水平方向と斜め方向の導波路を、広い波長域で接続し、立体的な配線を構成する準備が整ったことから、これらの導波路を接続し、本当に接続部を光が伝搬できるのかを調査が行われた。

具体的には、図4の(a)のように両者を接続した構造を考え、接続部を光が伝搬できるのかの解析が行われた。まず、図4の(b)のように導波路を直接接続した場合では、水平方向と斜め方向の導波路の波長域は一致しているにも関わらず、光は接続部をほとんど通り抜けられないことがわかった。つまり、水平導波路から来た光は、接続部で反射され、水平導波路に戻ってしまい、立体的な光配線としては機能しないことがわかったのである。

そこで、接続部の工夫を行ったところ、水平方向の導波路を少し延長させた構造を導入することで、図4の(c)のように、反射されることなく、ほぼ100%の光が伝搬できることが明らかとなった。図4では、水平方向と斜め方向の接続のみが示されているが、さらに、斜め方向の導波路同士、水平方向の導波路同士の連結など、すべての接続構造において、広い波長域で高い効率で接続できることを明らかにすることにも成功しているという。

図4 導波路の立体的な接続。(a)水平導波路-斜め導波路の接続構造の概念図。(b)単純な接続構造の模式図と接続部の透過特性。接続部の透過率が10%以下と小さいことがわかる。(c)最適化された接続構造の模式図と連結部の透過特性。水平導波路をわずかに延長(1周期分)することで、すべての波長域で、曲げ部分の透過率が高くできることがわかる

このように、水平導波路と斜め導波路を用いることで、曲げがある場合にも効率よく光を伝搬させることが可能であり、微小領域での自在な立体光配線が可能であることが、理論的に明らかになったことから、さらに図5の(a)に示されるように、斜め導波路-水平導波路-斜め導波路を順番に接続した構造を作製し、立体的な光配線を実証することを試みた。

立体光配線構造の作製においては、ウェハ融着法と呼ばれる接着技術を用いて、ストライプ状の層を積層していく手法を採用。具体的には、はじめに斜め方向や水平方向の導波路のパターンをあらかじめ含んだストライプ状のパターンを必要な層数分だけ用意し、続いてそれらを順次積層していくことで、立体配線構造を含む3次元フォトニック結晶を作製した。

ここで、いかに精度よく積層できるかが、立体光配線の特性に影響を与える可能性があることから、新たに画像解析技術を援用した自動位置合わせ積層システムを開発。これにより100nm以下の精度で、任意の層数を精密に積層することを実現した。また、今後、さまざまな電子デバイスや光デバイスとの集積化を視野に入れて、電子・光デバイスにおいて用いられているシリコンを、フォトニック結晶の材料として用いることを決めたという。

図5の(b)は、実際に作製された構造における、斜め導波路と水平導波路の接続部分の上面電子線顕微鏡写真を示すもの。500nmの間隔をもつストライプ状のパターンを積層した立体構造に対して、1本のストライプを取り除いた水平導波路、ストライプの一部を取り除いた部分を斜め45度方向に連ねることで形成した斜め導波路が導入されていることが見て取れる。なお、接続部分においては、効率よく光が伝搬できるように、水平導波路の延長構造を導入したという。

図5(b)の観察は、作製の途中段階で行ったものであり、最終的に、図5(b)の構造の上部に残りの3次元フォトニック結晶を積層し、立体配線構造を3次元フォトニック結晶の内部に完全に埋め込み、こうした立体配線構造に、入力用の斜め導波路部分に垂直方向から光を入力し、光が伝搬する様子を光学顕微鏡を用いて観察した結果、出力用の斜め導波路の部分のみから、明らかに光が取り出されていることが見て取れたことから、立体配線構造を通じた光配線を実現することに成功したことが確認された。

図5 立体光配線構造の作製と光伝搬の観測。(a)斜め導波路-水平導波路-斜め導波路を連結した立体光配線構造の概念図。(b)作製した構造の上面電子線顕微鏡写真。作製の途中段階で、水平導波路と斜め導波路の接続部を観察した写真であり、最終的に、この構造の上部に残りの3次元フォトニック結晶が積層され立体配線が埋め込まれる。(c)伝搬光の顕微鏡観察結果。出力用の斜め導波路部から光が出力される様子がわかる

今回の研究では、さらに発展的な構造として、さまざまな立体光配線についても、作製を行い、光伝搬の実験を行ったという。その過程で、図6の(a)のような水平導波路同士の直角曲げを導入した構造、図6の(b)のような水平導波路の分岐を含む構造、そして、図6の(c)のような共振器(特定の波長の光のみを通すことができる)を介した配線構造などの作製にも成功、これらの立体光配線に沿って光が伝搬し、外部に取り出される様子も観測することに成功したという。

図6 さまざまな立体配線構造の実現。(a)水平導波路を直交させて接続した構造を含む立体配線の概念図と伝搬光の顕微鏡観察結果。(b)水平導波路を分岐させた構造を含む立体配線の概念図と伝搬光の顕微鏡観察結果。(c)共振器(特定の波長の光のみ伝搬させる)を介した光配線の概念図と伝搬光の顕微鏡観察結果

なお研究グループでは、今回実証されたさまざまな接続構造を組み合わせることで、自在な立体光配線が可能であり、高効率・低損失な情報・通信システムの構築に向けた重要技術に位置づけられるものになるとしている。また、このような立体光配線技術は、微小なチップ中にさまざまな光・電子機能を集積化した、より将来の新たな光電子技術の核になることも期待されるとしている。