大阪大学(阪大)は1月16日、「網膜色素変性症」のモデルマウスに遺伝子治療実験を行い、その有効性を実証したと発表した。

成果は、阪大タンパク質研究所の古川貴久教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間1月16日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

網膜色素変性症は日本を含む世界における失明の主な原因の1つであり、約3~4000人に1人が発症するとされるが、現在までに有効な治療法のない難病だ。網膜色素変性症は、眼に入った光を感受する「網膜視細胞」が徐々に破壊されて脱落し、最終的には失明に至ってしまうという病である。

その症状の程度や症状が現れる時期は原因遺伝子によりさまざまだ。その内、網膜視細胞の発生異常を伴い、乳幼児期から強い視力障害などの症状を呈する重篤な網膜変性疾患に対して、遺伝子治療が有効であるかどうかはわかっていなかった。

研究グループは遺伝子治療に最適なウイルスベクターの「血清型」(ウイルスや微生物の分類法の1つの型で、それらの表面構造の違いを基にしている)を同定し、以前、研究グループが開発した重篤な網膜変性症を呈する「Crx欠損マウス」をモデルとして、遺伝子治療が有効であるかどうかを検証した。

「Crx」は転写因子と呼ばれるタンパク質で、網膜視細胞の発生や機能に必要なほとんどの遺伝子群を"オン"にする役割を持つ、いわば司令塔遺伝子だ。従って、Crx欠損状態はほかの網膜色素変性症よりも治療が難しい、重篤な網膜変性を導いてしまうのである。ヒトにおいては、Crxの異常は幼少時より失明に至る重篤な網膜色素変性症を引き起こす(画像1~3)。

画像3は、Crx欠損マウスにおける網膜生理機能の回復。網膜電図という手法で網膜の光への応答性が調べられた。対照のCrx欠損マウスでは、まったく光への応答が認められていない。一方、ウイルスベクター投与マウスでは、網膜の光への応答を示す波形が検出され、網膜生理機能の回復が認められた。

今回の研究により、正常な発生を経ず、機能不全に陥った網膜視細胞でも、遺伝子治療により改善できることが明らかとなったというわけだ。

なお、Crxが発現を指令する遺伝子の多くは、ほかの遺伝性網膜変性症の原因遺伝子として知られている。今回の研究成果は、Crxだけでなくほかの原因遺伝子に起因する比較的緩徐な網膜色素変性症においても遺伝子治療が有効である可能性を示しているという。

また、同時にiPS細胞などを用いた再生医療との融合により、さらなる難治性疾患治療への応用に貢献することが期待されると、研究グループではコメントしている。

Crx欠損マウスにおける網膜視細胞の発生・形態形成異常の回復。画像1(左)は対照の、画像2(右)がウイルスベクターを投与したマウスの網膜視細胞の機能回復マーカータンパク質を蛍光標識したもの。対照(ウイルスベクターを投与していない)のCrx欠損マウスでは、マーカータンパク質の発現がまったく認められなかった。一方、ウイルスベクター投与マウス(ウイルスベクターでCrxを補ったCrx欠損マウス)では、マーカータンパク質の発現の回復が認められ、さらに、網膜視細胞が持つ特有の構造で、光の感受に必要な外節の構造の回復が観察された(矢印の部分)

画像3。Crx欠損マウスにおける網膜生理機能の回復