東京農工大学(農工大)とトクヤマは1月10日、世界トップクラスの出力特性を有する「深紫外線発光ダイオード(LED)」を開発したことを発表した。

同成果は、同大応用化学部門の纐纈明伯 教授、同大大学院工学研究院の熊谷義直 准教授、トクヤマ、米国ノースカロライナ州立大学のSitar教授、米国HexaTechらによるもの。詳細は英文誌「Applied Physics Express」に掲載された。

ちなみに深紫外線とは、およそ波長350nm以下の光を指し、波長320~400nmのUV-A、280~320nmのUV-B、そして200~280nmのUV-Cが知られている。UV-Aは地表に到達する紫外線の99%を占めており、タンパク質を変性(日焼け)させる。一方、UV-Cは太陽光スペクトルにほぼ含まれない光で、核酸(DNAやRNA)を破壊する強い殺菌作用を有している。DNAの光吸収のピークは260nm付近にあるため、260nm帯の発光デバイスを用いることで、殺菌や殺ウイルスを破壊することができるためだ。

これまでは波長254nmの紫外線を発する水銀ランプがこうした殺菌用途として、医療現場や浄水、食品分野などの分野で用いられてきたが、高環境負荷物質の水銀を含有している、寿命が1000時間程度と短い、アーク放電を利用するために高電圧が必要、始動に秒レベルの時間が必要、水銀の輝線のみ利用できるため波長選択ができず応用が難しい、といった課題があった。

特に近年、水銀フリー化への動きが強まってきたことに加え、省エネルギーへのニーズも高まっており、水銀ランプに代わる光源として深紫外線LEDの実現が求められるようになってきていた。

水銀ランプと紫外線LEDの性能比較。消費電力は今回開発されたレベルの性能での換算。性能が向上すれば、より低消費電力での駆動が可能となる。また、機器などの劇的な小型化が可能となるため、これまで設置できなかった部分での殺菌なども可能となることが期待される

こうしたニーズを受けて、現在、世界各地で紫外線LEDの開発が進められているが、高性能化のためには、AlN単結晶の高品質化技術の開発と深紫外線LED構造の作製の2つが大きな課題となっていたのである。

AlN系深紫外線LEDを実現するための結晶基板の主な作製手法としては2つある。1つ目はサファイア単結晶を用いる手法。2つ目はAlN単結晶を用いる手法である。サファイア基板を用いる場合、格子定数差が大きく、その影響により多数の転位(欠陥)が発生してしまい、深紫外線の発光に向かないという欠点がある。一方のAlN基板の場合、昇華法を用いると、格子定数差が小さいことから転位の発生が少ないものの、基板中の不純物の影響により光吸収が高いという課題があった。そこで、研究グループでは、独自のハイドライド気相成長(HVPE)法を開発し、高純度のAlN結晶を高速で成長させることを実現した。

AlN系は現在、紫外線を発光可能な唯一の材料となっており、その結晶の性能向上が求められている

もう少し詳細な経緯を説明を行うと、従来、Alを含む結晶のHVPE成長は、AlClが石英製の炉を還元損傷することから、実現不可能とされていたが、2002年に纐纈教授と熊谷 准教授が化学平衡解析から、石英と反応しないAlCl3を選択的に生成するAlN結晶の原料分子制御HVPE法を確立、以降、トクヤマなどを研究グループに加え、紫外線LEDの実現に向けた開発を行ってきたという流れとなっている。

しかし、HVPE法は低不純物濃度のため、高紫外線透過性を確保可能ながら、異種基板上で成長させた場合、転位が発生しやすくなってしまうという課題があった。そのため、今回の研究では、低転位密度の実現に向け、Sitar教授とHexaTechが技術を有する昇華法AlN基板を種基板とし、その上にHVPE法でAlN基板を成長させることで、低転位密度の実現を図った。実際に試作された1インチウェハの性能を調べたところ、例えば光透過率は昇華法の場合では波長が短くなればなるほど透過率が下がり、波長290nm付近から一気に悪化したが、今回の手法を用いたHVPE法の場合では、波長260nmで透過率70%程度を確保していることが確認された。

また、転位密度は保証できるレベルで106cm-2未満、吸収係数も10cm-1未満(@265nm)と、実用レベルの基板となっている(これらの値は、例えば転位密度についてはチャンピオンデータとしては2~3桁改善されたものもあるが、あくまで製品として提供することを考えると、といったレベルであるという)。

昇華法AlN基板をベースに、その上にHVPE法で成長を実施。下の昇華法AlN基板を切り離すことで、HVPE法AlN基板が完成する。今回の研究では、作製したウェハの性能は実用レベルに達していることが確認された

さらに、同ウェハを用いて260nm帯の深紫外線LEDを作製したところ、投入電流における外部量子効率(EQE)が150mAで3.0%、出力が20mWと世界でのトップレベルの出力特性を実現できることが確認されたという。

HVPE法ALN基板上にLED構造を作製し、性能を調べたところ、高出力を達成できることが確認された

ほかのサファイア基板や昇華法AlN基板を用いた深紫外線LEDと特性を比較してみると、昇華法AlNでは、性能は高いものの、光透過性が悪いことから、基板の薄型化プロセス(20μm)や光取出し構造を加えることが必要といった手間がかかる、一方のサファイア基板では寿命が3000時間以下と短く、量産ベースでのEQEが論文のチャンピオンデータと大きく離れ0.5%程度であるといった点があるが、今回の手法ではそうした薄型化や追加構造は不要であり、寿命も5000時間以下となっており、「今後の素子性能向上も期待でき、実用的だと考えられる」(農工大の熊谷 准教授)としている。

HVPE法、昇華法、サファイア基板それぞれで作製されたLEDの性能比較

そのため、今後の研究としては、同大の生命機能科学部門の田中剛 准教授、生物制御科学部門の有江力 教授らを加え、殺ウイルス、植物育成制御分野などさまざまな分野でのクリーン、長寿命、小型、低消費エネルギーな深紫外線LEDの特長を活かした新市場の創出を検討していく方針としている。

また、トクヤマでは、2013年度から実際のサンプル品を用いたマーケティング活動を開始し、遅くても2015年度からの商用展開をしたいとの考えを示しており、実用化の際には現状のEQE3.5%では使えない分野も多いため、これを20%程度には引き上げたいとしている。この引き上げ手法としては、構想などの最適化と可視光LEDで用いられているLED構造内部の光をうまく取り出す技術などの応用により、実現できるのではないかとする。ちなみに、量産時の価格については、ウェハの大口径化を図るなどで、「研究開発時点では人間が手間暇をかけて作業しているため、数万円のレベルの金額になってしまうが、これをハードルが高いことは分かっているが数百円レベルにまで落としたいと考えており、そのための研究開発も進めていく」(トクヤマ常務執行役員の升野勝之氏)としている。

左の画像中央の長方形のものが今回開発された深紫外線LEDチップ。右の画像は、紫外線なのでそのままだと光っていることが分からないため、オレンジ/グリーンのフィルタを通して、発光していることを示すもの