産業技術総合研究所(産総研)は12月21日、「ヘリウムイオン顕微鏡(HIM)」(画像1)像を予測する計算技術を開発。ナノデバイス開発に重要な役割を果たすグラフェンの観察に応用し、グラフェンのHIM像のシミュレーションを実施、グラフェンの格子像を観測するために必要なHIMの解像度を求めたことを発表した。

成果は、産総研 ナノシステム研究部門 ダイナミックプロセスシミュレーション研究グループの宮本良之研究グループ長、中国・四川大学のHong Zhang教授、スペイン・バスク大学のAngel Rubio教授らの国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、2013年1月4日付けで米国物理学会誌「Physical Review Letters」に掲載される予定。

画像1。(左)ヘリウムイオン顕微鏡の概念図、(右)シミュレーションで予測されたグラフェン格子像

HIMは試料がヘリウムイオンと衝突した後に放出する電子の強弱によって撮像を行う仕組みの顕微鏡だ。走査型電子顕微鏡(SEM)と同様に、デバイス構造の内部に作りこんだ試料をそのまま破壊せずに観察でき、SEMよりも鮮明な像を得られるのが特徴である。しかし、HIMによる撮像原理の機構は解明されておらず、解像度をどこまで上げられるのかも十分にわかっていないため、理論的な研究が求められていた。

今回の研究では、「時間依存密度汎関数理論」を用いたシミュレーションで電子の動きを直接数値計算する技術を用いて、グラフェン1層に運動エネルギー30keVのヘリウムイオンを照射した場合の、放出される電子の量を数値計算した。計算は、画像2に示すイオン照射位置(AからFの6カ所)ごとに行った。

第一原理計算では、画像2のAからFの順に、グラフェンとヘリウムイオンが衝突した後に真空中へ放出される電子の量は増えていた。HIM像が電子密度分布とほぼ同様であると仮定すれば、これまでの実験で得られているHIM像から材料の構造を解析できる。画像3は、ヘリウムイオンのビーム径をヘリウム原子核のサイズと同等(すなわち点)としてシミュレーションを行った結果で、(a)は、計算された電子放出量を補間して得られたグラフェンのHIM像のシミュレーション結果、画像3(b)は、グラフェンの電子密度分布でシミュレーションによるHIM像と強い相関が見られる。

現状のHIMのビーム径は原子3個分の有効半径と同程度の幅があるが、画像3(b)の電子密度分布に「ぼかし」を入れることにより、現実の実験の条件(すなわちヘリウムイオンビーム径)に即したHIM像を近似する計算が可能である。

画像2。シミュレーションで想定したヘリウムイオン照射位置(A-F)。白抜きの丸がグラフェンの炭素原子の位置を示す

画像3。(a)シミュレーションによるHIM像、(b)グラフェンの電子密度分布

画像4は、照射するヘリウムイオンビームの径に応じたガウス型関数により電子密度分布に「ぼかしΔ(デルタ)r」を入れて近似したグラフェンリボンの端のHIM像だ。左端の像は、ヘリウム原子核を点としてビーム径を考慮した場合の理想的な近似と差はなく、グラフェンリボンの端付近の炭素原子配列の様子が観測される。

右端は、現在のHIMのイオンビーム径に対応するHIM像の近似で、グラフェンリボンの中からは一様の強度で電子が放出されるが、端にいくにつれて電子放出量が下がっていき、リボンの端はほぼフラットに見えると予測されるものだ。

中央の像は、現状よりも少し小さいイオンビーム径を仮定して近似した場合で、炭素原子像は観測できないものの、グラフェンの蜂の巣パターン(格子像)は観測できると予測される。すなわち、現状よりビーム径を小さくすればグラフェンの格子像を撮影できる可能性を示唆したものだ。

画像4。イオンビームの径(Δrのおよそ4倍)を変えて予測したHIM像。青い矢印は、電子放出量の最も多い等高線を示している

ヘリウムイオンの衝突後に電子が飛び出す機構として、ヘリウムイオンが中性化することに伴うプロセスや、炭素原子の内殻電子が励起されることに伴うプロセスなどが考えられる。しかし、今回のシミュレーション結果から、グラフェンを透過するヘリウムイオンは、その速度が速すぎるために中性化する確率は低いことが判明した。また、実験的に報告されている放出電子の運動エネルギーが数eVの程度であり、内殻電子の励起には不十分であるため、上述のようなプロセスは考えにくく、今回の数値計算結果は、ヘリウムイオンの衝突によるインパクトイオン化が2次電子の放出の機構である可能性を示すものだと研究グループは説明する。

なお今後、研究グループでは、同シミュレーション技術を活用することで、ヘリウムイオン顕微鏡を活用したナノデバイス材料の品質に関わる評価技術や、それを活かしたデバイス技術の開発への貢献を目指すとしている。