理化学研究所(理研)は12月20日、深海に棲む原始的な脊椎動物「ヌタウナギ」の頭部の発生過程を詳細に観察した結果、各種ホルモンを分泌する下垂体が外胚葉起源であることを確認したほか、円口類に独自の発生過程があることを発見したと発表した。

同成果は理研発生・再生科学総合研究センター 形態進化研究グループの倉谷滋グループディレクター(兼 神戸大学大学院理学研究科生物学専攻連携講座・教授)と、神戸大学 大学院理学研究科生物学専攻の大石康博院生らによるもので、詳細は英国の科学雑誌「Nature」オンライン版に掲載された。

脊椎動物は、ヒトやサメのように顎を持つ顎口類と、顎を持たない円口類に分けられ、現在、「ヤツメウナギ」と「ヌタウナギ」の2つのグループに分けられている。1970年代には、ヌタウナギが背骨や眼のレンズなど、いくつかの構造を欠くことを理由に、ヤツメウナギよりはるかに原始的な動物と考えられていた。また、その繁殖行動はあまり知られておらず、発生学的知見もほとんどない状況であったことや、他の脊椎動物では外胚葉に由来する下垂体が、ヌタウナギでは内胚葉に由来するという報告がされていたこともあり、「脊椎動物以前の原始的な動物」という考え方が定着していた。

しかし、1990年代に入り、遺伝子の配列から進化系統を推定する研究手法が主流となると、ヌタウナギとヤツメウナギは近縁な1つのグループを形成するといった、従来と反対の説が再燃し、この矛盾は現在まで解消されないまま残る謎となっていた。

2007年に研究グループらは、ヌタウナギの受精卵を実験室内で得ることに成功し、2011年に、ヌタウナギの胚に見られるいくつかの特徴が、原始的なのではなく他の脊椎動物と同等であることを示してきた。しかし、頭部は、脊椎動物の体の中でも最も複雑な構造を持ち、発生過程の観察には多くの胚と時間がかかる正確な観察が必要だったこともあり、下垂体の由来を含む頭部の発生に関してはまだ手つかずのままであった。そこで今回の研究では、各発生段階のヌタウナギ胚を揃え、頭部形成の全貌の理解に挑んだというわけである。

ヤツメウナギ(上)とヌタウナギ(下)。どちらも顎を持たない円口類。ヌタウナギは背骨や眼のレンズなど、いくつかの構造がないため、ヤツメウナギよりも原始的な脊椎動物であると考えられていた

具体的には、114~195日齢のヌタウナギ胚11個体から組織学的標本を作り、コンピュータを用いて立体復元モデルを作製した。また、未分化な細胞中の遺伝子の発現を観察することで、内胚葉や知覚器官、筋肉などの器官の基となる組織(原基)を同定した。

コンピュータによる組織標本から復元されたヌタウナギ胚頭部の画像。青色は外胚葉、黄色が内胚葉、紫色は中枢神経(前脳の下部から飛び出しているのが眼胞(後の眼))、緑色は耳胞(後の内耳)、茶色は脊索、ピンク色は体節筋に由来する部分を示す。

そうして観察を進める中、これまで内胚葉起源とされてきたヌタウナギの下垂体が、他の脊椎動物と同様に外胚葉からできることが確認された。この結果、これまで報告されていた「内胚葉と外胚葉の境界(口ができる場所に相当)」に誤りがあったことが示された。

さらに、ヌタウナギの発生過程で、胚の形態がヤツメウナギの胚とそっくりになる段階が存在することも発見。これは、単一の鼻孔を持ち、胚の頭部の中央に鼻と下垂体の原基が前後に並び、それを基に顔面の原基が配列する、円口類独特のパターンで、2つの鼻原基と後方に離れて下垂体原基が位置する顎口類の頭部のパターンとは本質的に異なるものであったという。

ヤツメウナギ(左)とヌタウナギ(右)の発生段階。最下段は成体の形態。中央の発生段階が最も良く似ている。赤丸が下垂体のできるところ

古生代の化石魚類(セファラスピスやガレアスピスと呼ばれる甲皮類)の知見も考慮して検討を進めたところ、顎口類の祖先にあたるこれらの動物には、この「円口類パターン」を基に発生したと考えられるものがあることを発見。これにより、今回の発見である「円口類パターン」が、「すべての脊椎動物の祖先にあたる動物がかつて持っていたパターン」に相当するという可能性が出てきたこととなったという。

無顎類化石(顎はまだないが、円口類と分かれた後の顎口類の系統に属する無顎類)。Aは「ゼナスピス(Zenaspis)」。デヴォン紀初期のスコットランド産。この動物は鼻孔が1つしかなかったと一般には考えられている。また、顎を持った系統に最も近いとされるのが普通。Bは「ラルノヴァスピス(Larnovaspis)」。デヴォン紀初期のスピッツベルゲン産。鼻孔の数は不明。Cは「ドレパナスピス(Drepanaspis)」。デヴォン紀初期のドイツ産。鼻孔の数は不明。(出典:理化学研究所Webサイト。写真撮影は、パリ国立自然史博物館のPhilippe Janvier教授の協力によるもの)

今回の成果は、ヒトも含めた全脊椎動物の進化過程で頭部や顔がどうのように発生してきたのかという問題に大きな知見を与えるものと研究グループではコメント。今後は、発生プログラムの中に進化の歴史を見いだすことで、発生の仕組みのより正しい理解を目指すとしている。