東京大学(東大)、科学技術振興機構(JST)、高エネルギー加速器研究機構、理化学研究所の4者は12月19日、生体物質であるイミダゾール系化合物が、電子材料として期待される強誘電性や反強誘電性といった分極反転機能を持つことを発見したと発表した。

成果は、産業技術総合研究所(産総研) フレキシブルエレクトロニクス研究センター 堀内佐智雄研究チーム長、東京大学 大学院工学系研究科 賀川史敬講師らによるもの。東京大学/理化学研究所 十倉好紀教授、高エネルギー加速器研究機構 熊井玲児教授らと共同で行われた。詳細はオンライン科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開された。

強誘電体とは、電荷の偏り(電気分極)が外部電圧の向きに応じて反転でき、電圧がゼロでも保持される性質(強誘電性)を持つ物質(固体または液晶)のこと。代表的な応用の1つは、強誘電体不揮発性メモリ(FeRAM)であり、電源を切っても記憶内容が消えず、高速での書き換えが可能で消費電力が少ないなど優れた特徴を持つことから、"究極の省エネメモリ"としてICカードへの搭載などが進んでいる。さらに、優れた強誘電性は、電気を蓄えるキャパシタ機能や、分極の大きさが温度変化する性質(焦電性)を利用した熱センサ、電気エネルギーと機械エネルギーを効果的に相互転換できる機能(圧電性)によるアクチュエータや圧力センサ、超音波素子などの他、波長変換や光変調ができる光学素子など、多方面への応用が期待されている。

現在主に使われているのはジルコン酸チタン酸鉛[Pb(Zr,Ti)O3(PZT)]類だが、これらは毒性の高い鉛を高濃度で含むことから早期の代替が求められているほか、鉛を含まない強誘電体の開発では、将来の資源安定供給に懸念が残る希少金属(タンタル、ニオブ、ビスマスなど)も多用されている。一方で、豊富で安全な元素のみで構成される有機強誘電体は、近年まで、圧電機能が利用されるポリフッ化ビニリデン(PVDF)など少数の高分子に限られ、材料開発は遅れていた。

研究グループでは、酸-塩基の2成分型の物質を用いて、比較的高い比誘電率(最大2000超)を持つ有機強誘電体を実現してきた。有機材料は、安価で省エネルギーな印刷技術を利用でき、軽量で形状自由度を発揮しやすいため、革新的機能が得られると期待されている。そこで、薄膜化/印刷プロセスの簡素化のため、組成変化による特性劣化の恐れがない炭素、水素、酸素のみからなる単一成分型の系に酸-塩基の原理を応用する中で、クロコン酸において無機材料のチタン酸バリウムに匹敵する分極性能を発見した。ところが、クロコン酸は化学的安定性や有機溶剤への適応性などに課題を残していた。

今回、優れた分極性能だけでなく、十分な耐久性、有機溶媒への適応性を併せ持つ候補として、イミダゾールに着目して研究を実施。クロコン酸が分極反転する際には、C=C二重結合の位置が切り替えられてプロトン(水素イオン)が移動するが(図1(a))、イミダゾールではこの機構を維持しつつ、プロトンの受け取り側を酸性度の高い酸素原子から穏やかな窒素原子に置き換えることで化学的安定性の改善も期待できるという。

図1 有機強誘電体の構造式(a)クロコン酸、(b)イミダゾール分子鎖における分極反転の化学的機構、(c)強誘電性を示すベンゾイミダゾールの構造式。XやRは、アルキル基やハロゲン原子などの置換基を表す。イミダゾール分子では、プロトンがどちらの窒素に結合しても、XやRの置換基の影響を受けずに二重結合の切り替えが可能であるため、優れた分極反転機能を持つ

ミダゾール骨格上の2種類の窒素原子は、お互いが酸と共役塩基の関係にあり(図1)、水素結合によって分子が一次元鎖を形成し、分子の極性が鎖方向にそろう構造的特徴を持っている(図2)。さらに、イミダゾールでは、プロトンの受け渡しやC=C二重結合位置の切り替えにX、Rで表す置換基は影響を与えないため、様々な組み合わせの化学修飾が可能であり、クロコン酸に比べてもその自由度が極めて高いという特徴もある。

イミダゾールにベンゼン環を結合したベンゾイミダゾールについて、様々な市販品を結晶化し、分子鎖方向に電圧を加えた際の電圧と分極の関係(分極-電場履歴曲線)を調べたところ、強誘電体を2例、反強誘電体が3例確認された(図1(c))。

図2 結晶構造と自発分極の対応。(a)強誘電体5,6-ジクロロ-2-メチルベンゾイミダゾール、(b)強誘電体2-メチルベンゾイミダゾール、(c)反強誘電体2-ジフルオロメチルベンゾイミダゾール結晶。イミダゾール骨格同士の水素結合により、一次元鎖状の分子配列(淡青色の帯)が形成され、分極(緑色矢印)を持つ各鎖の相対配置によって系全体の自発分極(赤色矢印)の方向や有無が決まる

強誘電体の1例として、2-メチルベンゾイミダゾール(MBI)では、5μC/cm2の大きな自発分極が生じ、さらに分極反転に必要な電場(単位長さ当たりの電圧)は10~20kV/cm程度と、これまでの強誘電性有機高分子に比べて約1~2桁小さいことが判明した(図3(a))。また、MBIでは、400K(127℃)でも強誘電性が観測でき、室温より高温でも動作できることが示された。一連の物質のうち、最も大きい自発分極(9~10μC/cm2、PVDFと同程度でクロコン酸の約半分)を示したものは、5,6-ジクロロ-2-メチルベンゾイミダゾール(DC-MBI)結晶で、図2(a)のように、すべての水素結合鎖が同じ向きに揃っている。つまり、結晶全体として、外部からの電圧によって強制的にプロトンの移動とイミダゾール骨格の二重結合状態の切り替えが起きたことが示された。

図3 室温における分極-電場履歴曲線。(a)2-メチルベンゾイミダゾールの強誘電性と(b)2-ジフルオロメチルベンゾイミダゾールの反強誘電性。矢印は電場を掃引する向きを表す。(b)内の模式図で表すように、反強誘電性は一次元鎖の分極配向(矢印)が互いに反平行に並ぶ状態から、電場をかけることによってゼロ電場でのゼロ分極状態を経由し、分極配向が平行に揃えられる現象である

イミダゾールの結晶構造は、単結晶のX線回折実験または高エネルギー加速器研究機構のフォトンファクトリーを利用した放射光回折実験によりデータを収集し、解析が行われた。この結果、イミダゾールに多様な置換基が利用できることで、変化に富んだ分子鎖の集合形態が得られ、分極の配置に関する多様で重要な知見が得られたという。

その知見の1つが分極配向の自由度だ。例えば、MBI結晶の場合には、図2(b)に示されたように分子鎖同士が直行しあい、結晶格子はa軸とb軸が等価な正方晶系に極めて近い対称性を持っている。自発分極は、2種類の分子鎖の分極の和となるため、二軸の配向自由度が期待されていた。そこで、結晶面上に形成された分域(ドメイン)構造を走査型圧電応答顕微鏡(PFM)より観察して分析した結果、二軸の配向自由度を持った分域構造であることが分かったのである(図4(c))。

図4 強誘電体2-メチルベンゾイミダゾール結晶のドメイン構造観察。(a)結晶の写真、(b)ピエゾ応答顕微鏡がいかにして局所的な圧電ひずみを検出するのかを示す概念図、(c)ピエゾ応答顕微鏡により観察した2-メチルベンゾイミダゾールの結晶面(正方晶ab面)上の各強誘電体ドメインの分極配向。カンチレバーに電圧を加えると、カンチレバー直下付近にのみ、試料の変形が起きる。このことを模式的に表すために、電圧を加えていない試料に、仮想的に四等分の線を描く(左図中、点線)。図のように試料中の分極が左を向いている場合、電圧印加時にはカンチレバー直下に位置する点線のみ右方向に変位し、試料表面に接触していたカンチレバーがひきずられ、ねじれた状態になる(右図)。このねじれは、レーザーの反射位置を光検出器で観測することにより検知できる。この際のねじれの向きと分極の向きは一対一対応であり、ねじれの向きを知ることで分極の向きを判別できる

さらに、各分極の向きはしばしば渦を巻いたような構造をとることも発見。このような構造は、従来の無機物強誘電体では通常見られないものであり、プロトン移動という分子の個性を色濃く反映したと思われ、その起源の微視的解明が今後待たれるという。

高い分極配向自由度を持つ材料は、例えば強誘電体薄膜デバイスなどの形成において、膜面に垂直な分極配向が必要となった場合に有利になる。DC-MBIやクロコン酸など有機強誘電体の大半は、分極配向が一軸(180度反転のみの自由度)に限定されているが、二軸の分極配向の自由度を持つMBIは、メモリなどの薄膜デバイス化への展開が期待される。

また、多様な分極配置のもう1つの発見が反強誘電体。図2(c)に示された2-ジフルオロメチルベンゾイミダゾール(DFMBI)結晶では、分子鎖の分極が反平行で交互に配列しているため、系全体の分極は相殺しあった状態(ゼロ分極)になっている。図3(b)の分極-電場履歴曲線から、一旦ゼロ電場でゼロ分極の状態を経由し二段階で分極反転が進行していることが分かる。このような二重履歴現象を示す物質を反強誘電体と呼ぶが、強誘電体DC-MBIの自発分極に匹敵する9~10μC/cm2という電気分極が誘起されており、分子鎖の分極が外部からの電場ですべて揃っていると考えられる(図3(b)内挿図)。なお、同様の反強誘電性を2-トリフルオロメチルベンゾイミダゾール(TFMBI)や2-トリクロロメチルベンゾイミダゾール(TCMBI)でも観測されたという。

反強誘電性は、強誘電性と密接な関連性を持つと考えられている。例えば、強誘電体デバイスや圧電体デバイスの中核を担うPZTが反強誘電体PbZrO3を基点にしているように、優れた圧電体材料が周辺物質に偏在している。また、反強誘電性自身もしばしば、分極配置の違いが結晶格子を著しく変え、電場により巨大なひずみを発生できることから、アクチュエータなどの圧電体デバイス利用にも期待されている。

イミダゾールは、ヒスタミンやビタミンB12などの生体物質としてもありふれた有機分子であり、上記の例はいずれも市販品で、特にMBIは1g当たり100円程度とクロコン酸の1/100程度の安価で入手ができる。化学的に安定で溶解性にも優れるイミダゾールは、市販品としてだけでなく、確立された合成法でも入手しやすいメリットもある。そのため今後は、これらの新しい物質について、多結晶性または単結晶性薄膜の作製によりデバイス化に適した薄膜・印刷プロセス開発に展開を図る他、圧電性の評価、化学修飾を駆使した性能や安定性などの最適化も図っていきたいと研究グループではコメントしている。