高エネルギー加速器研究機構(KEK)は、人工的に作成した摸倣生体膜の小胞(ベシクル)が温度変化によって開口し、平板状(ナノディスク)に変形した後、ナノディスク同士が融合して再びベシクルへ変形することを発見、東京大学 物性研究所附属中性子科学研究施設の中性子小角散乱装置「SANS-U」を用いたナノスケールの構造観察により、その仕組みを明らかにしたと発表した。

同成果はKEK物質構造科学研究所の山田悟史 助教らによるもの。詳細は米国の科学雑誌「Langmuir」オンライン版に公開された。

ヒトの体を構成している細胞やその小器官はリン脂質と呼ばれる両親媒性分子(石けんのように親水部と疎水部を有する分子)からできた生体膜で仕切られている。生体膜の最も重要な役割は物質の流出入を防ぐことだが、流出入を完全に閉ざしてしまっても細胞は死んでしまうため、タンパク質が介在することによって膜に細孔を形成したり、膜自体を分離・融合させたりすることにより、うまく物質の流れを制御している。その際に起こるリン脂質膜の変形メカニズムを知ることは、膜の細孔形成や融合・分裂を理解する上で重要な知見といえる。

研究チームは今回、このリン脂質膜の融合・分裂を理解する手がかりとして、通常のリン脂質と疎水部を極端に短くしたリン脂質を混ぜることで自発的に形成されるナノ構造に着目した研究を行った。この系は23℃以下ではナノディスクが形成され、23℃を超えるとナノディスク同士が融合し、ベシクルへと変形することがこれまでの研究より知られているほか、50℃で作成したベシクルを30℃へ冷却するとベシクルの表面に細孔が形成されることが確認されていた。今回の研究では、ベシクルへの変形が起きる23℃より少しだけ高い25℃まで冷やすとベシクルが開口して大きなナノディスクへと変形すること、そしてナノディスクが互いに融合し、あるサイズに到達すると最初のベシクルよりもさらに大きなベシクルへと変形することが明らかとなった。

実際に生体膜を形成しているリン脂質は多種多様で、それぞれに分子形状や表面電荷などが異なるため、異種のリン脂質がベシクルの構造に与える影響について多くの研究が行われてきたが、今回の研究のようにベシクルがナノディスクに変形し、再びベシクルへと変形するという複雑な形態変化が観測されたのは初めてだという。そのため研究チームでは今後、このような研究を発展させることで、ベシクルで作ったモデル細胞を自由自在に融合・分裂させる、といったことが可能になる可能性があるとコメントしている。

細胞膜の模式図

中性子小角散乱の結果とこれを解析して得られたベシクルの変形挙動の模式図