北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)は、GaAs系化合物半導体を用いたスピン工学デバイスの開発研究において、スピン軌道相互作用を利用するスピントランジスタの実現に大きく近づく高効率スピン注入実験と、まったく新しい半導体スピン工学デバイスの基礎となる新構造の作製に成功したと発表した。

成果は、同大 マテリアルサイエンス研究科 山田研究室 日高志郎博士後期課程、ナノマテリアルテクノロジーセンター 赤堀誠志助教らよるもの。高効率スピン注入実験の成功に関する詳細は、「Applied Physics Express」掲載された。また、スピンデバイス用新構造作成に関する詳細は、「Journal of Applied Physics」に掲載される予定。

シリコン半導体のプロセス微細化の限界が見えてきた現在、次世代半導体として期待されるものの1つとして、半導体スピンデバイスがある。その中の1分野として、化合物半導体を用いるスピン工学デバイスの開発研究があり、具体的な目標デバイスとして、スピン軌道相互作用を利用するスピントランジスタが掲げられている。今回の研究では、その実現に大きく近づく成果が得られたと研究グループは説明する。

スピン軌道相互作用を動作原理とするスピントランジスタは、20nmプロセスを切ろうかという状態のSi-MOSに比べても、2桁程度小さい消費電力(<0.1aJ)を実現する究極の省エネデバイスと考えられている。しかし、これまではデバイス内で電子がほとんど散乱を受けないという弾道デバイスが想定されてきたため、その実現には素子の極端な微細化やスピン軌道相互作用の増強などの技術的課題が存在していると考えられており、近い将来にデバイスの実現(開発・実用化)は困難とされてきた。

こうした課題に対し、研究グループでは今回、スピン軌道相互作用の精密な調整(2種類のスピン軌道相互作用の大きさをほぼ等しくする)により、トランジスタに近い構造を持つ素子で、従来の結果よりほぼ3倍改善となるスピン注入効率とスピン拡散長を実現。これにより、同タイプのスピントランジスタをより大きなサイズで実現できる可能性が高まったという。

図1 (a)スピン注入素子写真と(b)素子模式図に測定回路を加えたもの

図2 (a)スピンバブル特性の電極間距離依存性、(b)強磁性電極の界面抵抗

図3 (a)3端子特性とスピンバブル特性の比較、(b)スピンバブル信号強度の強磁性電極依存性

また、研究グループは、従来その実現はほとんど不可能と思われてきた、まったく新しいスピン工学デバイス(例えば、スピン空間スイッチデバイス、スピン干渉デバイス、スピンホール効果デバイスなど)の実現を可能にする、スピン軌道相互作用を示す電子層を2層含む構造の開発にも成功した。同構造は、精密に制御された(各層の厚み精度は数nm以下)「結晶成長法(分子線エピタキシー法)」で作製され、それぞれの電子層が強いスピン軌道相互作用を持つことや電子層間の弱い相互作用が存在する兆候などを確認しており、今後は、同構造における各層の電子数制御法を確立し、新たな先進スピン工学デバイスの実現をめざしていく計画としている。

図4 スピン軌道相互作用を示す電子系を2層含む新ヘテロ構造

図5 各種スピン輸送パラメータの量子井戸幅(2層間距離依存性)。スピン軌道相互作用結合定数αの値として、20×10-12eVmという大きな値が得られている

図6 2層電子系間の相互作用を推定するための電子分布の計算例。これは右の分散関係の結合と関連する