高輝度光科学研究センター(JASRI)は11月29日、米カリフォルニア大学デービス校、独マックスプランク研究所、米ローレンスバークレー国立研究所、米イリノイ大学、仏エクス マルセイユ大学、フランス国立科学研究センター、米フィラデルフィア・オステオパシー医大、米ジョージア大学、米アルゴンヌ国立研究所と共同で、理化学研究所(理研)が所有しJASRIが運営する大型放射光施設「SPring-8」の高輝度X線を利用することにより、「ヒドロゲナーゼ」の活性中心の振動状態の観察に成功したと発表した。

成果は、JASRIの依田芳卓主幹研究員と、カリフォルニア大のCramer教授、マックスプランク研究所のLubitz教授ら国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、独科学雑誌「Angewandte Chemie international Edition(応用化学誌国際版)」の2013年第2号に掲載予定で、雑誌の表紙も飾ることが決定している。また、それに先駆けて11月8日付けで同誌オンライン版にも掲載された。

酵素は化学反応を触媒する天然に存在するタンパク質だ。多種多様な酵素の1つに、水素分子の生成と分解のどちらに対しても触媒作用を示すヒドロゲナーゼがある。

今回解析が行われた「ニッケル・鉄ヒドロゲナーゼ」の特長は、触媒作用において、地球上に豊富に存在し比較的安価である鉄とニッケルを利用していることだ。

従来、最も効率がよいとされてきた水素触媒は、触媒作用においてプラチナを利用していたが、高価な貴金属であることから、クリーンな水素をエネルギー源として利用する「持続可能な水素社会」の実現に向けて、より安価で効率のよい触媒の開発や、自然エネルギーによる効率のよい水素生成手法の確立が求められている。

そのような社会的環境の中で、鉄とニッケルといった、自然界に、身近に存在する金属を利用するヒドロゲナーゼの活性機構の解明は、科学的興味だけでなく自然に学ぶという観点からも、強い関心が持たれている状況だった。

ニッケル・鉄ヒドロゲナーゼは、画像1および画像2に示されるように、触媒作用を示す活性中心に鉄とニッケルを1つずつ持っている。鉄は2つの「システイン」の「チオール基(SH)」を介してニッケルと結びついている構造だ。

また、鉄は一酸化炭素(CO)や「シアノ基(CN)」といった金属酵素の活性中心としては特異な配位子で機能を発現。ヒドロゲナーゼはその酸化状態によって水素イオンや水酸基やおそらくは「ヒドロペルオキソ基」といったものを、画像2の中のXの部分に当たる鉄とニッケルの間に取り込んでさまざまな化学状態を実現しているという推測されている。

なお、画像2はヒドロゲナーゼ活性中心の推測される構造とNRVSスペクトルだ。Fe-S、Fe-CN、Fe-COで示された部分がそれぞれ鉄と硫黄、鉄と一酸化炭素、鉄とシアノ基の結合による振動モード(酸化状態:赤線、還元状態:青線)を表している。

画像1。ヒドロゲナーゼの分子構造。Ni-Feで示された部分が水素分子の生成・分解反応を触媒している活性中心

画像2。ヒドロゲナーゼ活性中心の推測される構造とNRVSスペクトル

しかしながら、その直接的な証拠はまだとらえられておらず、その構造や物理的性質などの活性機構の全容の解明は非常に大きな興味が持たれていた次第だ。

研究グループは今回、「57Fe核共鳴振動分光法(NRVS)」を用い、この酵素の活性機構を解明するために非常に重要な手がかりとなる、活性中心にあるFe原子の振動の様子を観測した。

NRVSは超単色化された14.4keVのX線を試料にあて、Fe原子の振動モードを調べる比較的新しい手法で、これにはエネルギー選択性が高く指向性の高い強力な光であるシンクロトロン放射光が必要だ。

この手法は「共鳴ラマン分光」や赤外分光などの従来の手法と比較していくつかの優れた特徴がある。その1つとして、57Fe選択性があることにより、タンパク質のようなどんなに複雑な分子でも、活性中心にある57Fe原子の振動のみを抽出できるということだ。またほかの手法と異なり、あらゆる酸化状態の測定、水溶液中での測定も可能である。

画像2に示されているヒドロゲナーゼのNRVSスペクトルを構造のよく似たモデル分子のデータと比較しての解析が行われた結果、鉄の振動モードをすべてアサインすることに成功した。

とりわけ、400cm-1から650cm-1の高エネルギーの領域に活性中心にある「Fe-CN」および「Fe-CO」の「伸縮モード」、「Fe-C-O」の「変角モード」があることが判明。これらの振動モードはほかの手法ではこれまで観測されていなかったものだ。

振動モードが測定されると活性中心にある原子のまわりの詳細な原子配置がわかると共に、原子間の結合の様子を導くことができる。これにより触媒作用中にどのような原子がどのような角度で結合し、どのように電子の受け渡しをしているかなどの活性機構の詳細な解明につながるとした。

今後、この手法を利用してさまざまな制約から測定が困難であった酵素の活性機構の研究が進展するものと期待されるという。とりわけヒドロゲナーゼにおいては、より統計精度の高いデータを蓄積することによって、水素が活性中心で実際にどのように生成や分解されているかを知ることができると考えられている。

得られる知見は将来の「持続可能な水素社会」の実現に向けて、より安価で効率のよい触媒の開発や自然エネルギーによる効率のよい水素生成に役立つものとも期待されるとした。