慶應義塾大学(慶応大)は11月28日、広島大学、弘前大学、東京大学医科学研究所(東大医科学研)との共同研究により、白血病を高い率で発症する「家族性血小板異常症(Familial Platelet Disorder:FPD)」と呼ばれる稀な遺伝性疾患からiPS細胞を樹立することに成功したと発表した。

成果は、慶応大医学部血液内科の中島秀明准教授、同・岡本真一郎教授、同大学医学研究科の櫻井政寿助教、同大学医学部循環器内科の湯浅慎介講師、同・福田恵一教授、広島大 原爆放射線医科学研究所 ゲノム疾患治療研究部門の原田浩徳講師、弘前大 医学部小児科の伊藤悦朗教授、東大医科学研の海老原康博助教、同・辻浩一郎准教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、12月8日から米アトランタで開催される米国血液学会総会で発表される予定だ。

急性白血病(白血病)は骨髄中にある未熟な血液細胞が腫瘍化する病気で「血液のがん」とも呼ばれる。さまざまな遺伝子や染色体の異常が引き金となって発症することはわかっているが、単独の遺伝子異常では発症に至らず、複数の異常が組み合わさることによって発症する仕組みだ。

これまでの研究は、主にマウスなどの動物モデルを用いて行われており、ヒト細胞を用いた研究はその遺伝子操作の難しさからほとんど行われていないのが実情である。しかし、マウスとヒトの細胞では異なる面も多く、白血病の研究にはヒト細胞を用いた研究が不可欠だった。

一方、「RUNX1」は白血病で最もよく異常が見られる遺伝子の1つで、白血病発症に重要な役割を果たしていることが知られている。またRUNX1遺伝子は、正常な体でも重要な役割を果たしており、血液細胞の大元となる最も未熟な幹細胞の「造血幹細胞」ができる際にも必須の存在だ。

このRUNX1遺伝子に先天性変異を持つ常染色体優性の遺伝性疾患として、全世界で約30家系の報告しかないほど稀な病気がFPDである。FPD患者は血液中の血小板が小児期から減少し、壮年期以降に白血病を高頻度に発症することが特徴だ。生ずる白血病のほとんどが「急性骨髄性白血病(AML)」であるため、FPD/AMLともいわれる。つまり、FPDの血液細胞は、RUNX1遺伝子の変異があるため正常の細胞に比べて白血病になりやすい「前白血病状態」にあるものと考えられるのである。

そこでFPD患者の血液細胞を調べることにより、白血病発症の詳細な分子メカニズムを明らかにできると考えられるが、前述したようにFPDは全世界で見ても稀な疾患であるため、その解析は困難だった。

それに加え、白血病の元となる未熟な血液細胞の「血球前駆細胞」(白血球・赤血球・血小板の元となる)は骨髄中にあるため簡単に採取できず、FPD患者の協力を得ても十分な骨髄細胞が得られないため、研究は進展していなかったのである。

中島准教授の研究グループは、慶応大医学部循環器内科、広島大学、弘前大学、東大医科学研との共同研究により、3つのFPD家系の患者のTリンパ球から3種類のiPS細胞「FPD-iPSC」を樹立することに成功した。

iPS細胞は、体細胞リプログラミングにより作成される多能性を持った細胞で、血液細胞を含む体のさまざまな細胞へ分化させることが可能だ。FPD患者から作成したiPS細胞はRUNX1遺伝子の変異があるため、これを分化させることでRUNX1遺伝子の変異を持った血球前駆細胞を容易に得ることができるというわけである。

樹立したFPD-iPSCは正常のiPS細胞同様、多様な未分化マーカーを発現しており(画像1)、免疫不全マウスの体内で奇形種を作る(画像2)ことが確認された。これらは、いずれもiPS細胞が未分化性と多能能を保持している証拠であり、この点においてFPD-iPSCは正常iPS細胞と変わりないことが確認されたのである。

画像1(左)は、FPD-iPSCにおける未分化マーカーの発現。Oct3/4、Nanog、SSEA-3、SSEA-4はいずれも正常のiPS細胞で発現している未分化マーカー。画像2(右)は、FPD-iPSCから形成された奇形種の組織像。奇形種は多分化能を持っているため、腫瘍内でさまざまな組織細胞への分化が見られる。左から、脂肪組織、腸管上皮、横紋筋

続いて樹立した3種類のiPS細胞を培養液中で血液細胞へと分化させたところ、いずれの細胞もさまざまな血液細胞への分化が障害されていることが判明した。特に血小板の元になる「巨核球」と呼ばれる細胞(CD41a+、CD42b)への分化は正常iPS細胞に比べて顕著に低下しており(画像3)、これがFPD患者で見られる血小板減少の原因となっていると考えられたのである。

さらにまた血球前駆細胞(CD34+、GM、E、MIX)(画像3・4)への分化も障害されており、これがFPDにおける白血病発症の基盤になっていることが考えられた(画像5)。

画像3。各種血液細胞への分化効率

画像4。「コロニーアッセイ」による各種血球前駆細胞の分化効率(GM:骨髄単球系コロニー、E:赤芽球系コロニー、MIX:ミックスコロニー)

画像5。FPD-iPSCにおける血球分化異常。iPS細胞を血球細胞へ分化させると、正常のiPSでは多能性前駆細胞や各種血球前駆細胞が多数形成されるのに対し、FPD-iPSCではその効率が数分の1に低下している

今回の研究により、患者の骨髄細胞を採取することなくRUNX1遺伝子の変異を持ったヒト血球細胞がいつでも得られるようになった。さらにFPD-iPSCを用いることで、ヒトの血球分化においてもRUNX1遺伝子が重要な働きをしていることが確認された形だ。

FPD-iPSCの解析をさらに進めることにより、白血病発症の詳細なメカニズムが明らかになるだけでなく、白血病に対する新薬・診断法の開発が飛躍的に進むことが期待されると、研究グループはコメントしている。