物質・材料研究機構(NIMS)は、1つの素子でありながらダイオード、スイッチ、キャパシタ、脳型記憶素子などの多機能性を有し、しかもこれらの機能を要求に応じて切り替えられるという新しい概念のオンデマンド型素子の開発に成功したと発表した。

同成果は、同所、国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 ヤン・ルイ博士研究員、寺部一弥グループリーダー、青野正和拠点長らによるもの。カリフォルニア大学ロサンゼルス校 J. ジムゼウスキー教授と共同で行われた。詳細は米国科学雑誌「ACS NANO」のオンライン速報版に10月28日付で公開された。

トランジスタに代表される半導体素子は、プロセスの微細化に支えられて性能向上を続けてきたが、20nmを切るようになり、近い将来、微細加工技術の限界のみならず、素子の機能、性能、サイズや消費電力などの限界を迎えることは明白となっている。今後も、電子情報用素子が性能向上を続けて行くためには、従来の半導体技術のさらなる発展だけでなく、新たな原理で動作する素子の開発研究が重要な課題となっている。

従来の半導体素子では、一度、その素子を回路内に配置してしまうと、その素子の機能を切り替えることは困難だった。また、多機能性を有する回路を実現させるためには、従来の素子ではそれぞれの機能を有する別個の素子の組み合わせを必要としていた。今回、研究グループでは、ユーザーの要求に応じて機能を切り替えられるという、これまでの素子では得られなかった新しい概念のオンデマンド型素子を開発した。

同素子は、白金/酸素欠陥を含んだ酸化タングステン/白金の積層構造をしている。酸化タングステンは、構成する酸素原子の一部を熱処理によって除去することによって、酸素原子が抜けた孔(酸素欠陥)を構造中に作る。この酸素欠陥を構造内に形成することによって、酸化タングステンが酸素イオンと電子が移動できる混合伝導性を示すようにした。作製時のオリジナル状態の素子の白金電極に入力信号の電圧を印加することにより、その入力信号の大きさや頻度に依存して、酸化タングステン内で酸素イオンの移動(同時に酸素欠陥も移動する)や電気化学反応が生じることがわかった。この時、比較的小さな入力信号(3V電圧程度)では酸素イオンだけが電極との界面付近に移動する。この酸素イオンの移動による界面構造の変化により、電気伝導特性を変化させることが可能となった。

一方、比較的に大きな入力信号(7V電圧程度)では酸素イオンの移動だけでなく電気化学反応も生じて、酸化タングステン内に電子伝導性フィラメントを形成させることができた。この電子伝導性フィラメントと電極との界面における酸素イオンの移動を制御することによって、さらに多様に電気伝導特性を変化させることが可能となった。すなわち、今回の素子では、入力信号の極性、大きさや頻度を精密に制御することによって、様々な機能性を生じさせることができるようになり、さらにはそれらの機能を切り替えることが可能であることがわかったのである。

図1 オンデマンド型素子の構造と動作の概念図。素子は白金/酸素欠陥を含んだ酸化タングステン/白金の積層構造となっている

図2には、入力電気信号を精密に制御することによって、発現する様々な機能性およびその制御法が示されている。オリジナル状態の素子(図2中央)に、比較的に小さい電圧(3V程度)を印加させた場合、酸素イオンが電極界面に移動する。この酸素イオンの電極付近の移動により、電流が一方の方向に流れやすい整流作用を有するダイオードや電荷を蓄えるキャパシタなどの機能が得られる。この時、酸素イオンの移動方向は、図の右側および左側の素子に示す様に、印加する電圧の極性に依存して反対になる。この現象を利用して、入力信号の電圧の極性に依存して、これらダイオードやキャパシタなどが動作する電圧極性の依存性を逆にさせることができた。さらに、入力電気信号によって移動させた酸素イオンはその入力信号が無くなると、元の酸化タングステン内部に戻るため、生じた機能は次第に減衰・消失してしまう。このことから得られた機能は揮発性であることがわかった。また、この揮発性の電気伝導変化を利用することによって、人間の脳の記憶のメカニズムである短時間のうちにすぐに忘れてしまう短期記憶の機能を生じさせることも可能になった。

次に、図2中央のオリジナル状態の素子に、比較的に大きな電圧(7V程度)を印加した場合には、酸素イオンを電極界面に移動させるだけでなく、電気化学反応が生じて酸化タングステン内に電子伝導性フィラメントを構築することができた。電子伝導性フィラメントの成長方向は、図2の上側および下側の素子に示す様に、印加する電圧の極性に依存して反対になる。この電子伝導フィラメントと電極との界面における酸素イオンの移動を利用することによって、スイッチや抵抗などの機能が得られ、それら機能の電圧極性の依存性は電子伝導性フィラメントの成長方向によって反転することができた。さらに、電子フィラメントを構築させた場合には、入力信号が無くなっても生じた機能は保持され、このことから得られた機能は不揮発性であることがわかった。また、この揮発性の電気伝導変化を利用することによって、人間の脳の記憶のメカニズムである、いったん記録されると容易に忘れることがない長期記憶の機能を生じさせることも可能であることがわかった。

図2 オンデマンド型素子の多機能性とその機能の切り替え方。界面付近における電気伝導性をダイオードや抵抗の記号とその大きさで表している

今回の素子を用いれば、たった1つの素子でありながら、入力信号(電圧付加)によって様々な機能性(ダイオード、抵抗、スイッチ、キャパシタ、学習や記憶)を生じさせることが可能になり、さらに入力信号の精密な制御によって、高抵抗から低抵抗へ変化する時の電圧極性の異なるスイッチ、揮発性および不揮発性で整流作用の流れやすい電流方向の異なるダイオード、人間の脳の記憶機能である短期記憶や長期記憶などの高度な機能も発現させることが可能になるという。

このような、多機能性の素子の実現は、従来ではそれぞれの機能を有する別個の素子の組み合わせを必要としていたが、今回の素子は多機能性を実現できるため、集積回路の素子数の減少や小型化、さらには必要な時に必要な機能に切り替え可能なプログラマブル回路の構築が可能になる。

また、今回の素子は、従来の半導体素子が有するダイオードやスイッチなどの機能を持っているだけでなく、人間の脳の働きである短期記憶や長期記憶の機能も発現させることもできるため、研究グループでは、現状の半導体集積回路の単なる発展だけでなく、脳型回路との融合による次世代の人工知能やニューロコンピュータの開発にも大きく寄与することが期待されるとコメントしている。