慶應義塾大学(慶応大)は11月16日、アスビオファーマの協力を得て、未分化幹細胞を含む心筋以外の細胞と、心筋細胞の代謝の違いを明らかにし、ヒトES細胞やiPS細胞のような多能性幹細胞を分化誘導させた細胞集団に対して、心筋細胞以外のすべての細胞を死滅させ、心筋細胞だけを生きたまま選別する方法を確立することに成功したと発表した。

成果は、同大医学部の福田恵一教授、同・末松誠教授、同・大学院医学研究科博士課程の遠山周吾氏、アスビオファーマの服部文幸主任研究員らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間11月15日付けで米科学誌「Cell Stem Cell」に掲載された。

心筋梗塞や拡張型心筋症などが重症化すると数億個もの心筋細胞が失われてしまうが、ヒトを含むほ乳類は失われた心筋細胞を元に戻す自己再生能力を持っていない。

胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、神経細胞や心筋細胞など、理論的に体を構成するすべての細胞種へと分化できる多能性を持つことから、体外で作製した治療細胞を体内に移入することによる「再生医療」への応用が期待されている。

しかし、ES細胞やiPS細胞は、分化させた細胞集団の中に未分化幹細胞が残存する性質があり、仮にこうした未分化幹細胞が生体内に移植されると、腫瘍を形成してしまう危険性があった。

現在までのところ、すべての未分化幹細胞に対して分化を開始させ、目的とする細胞種だけに分化誘導することが困難であるため、実際にヒト多能性幹細胞を治療に応用するには、以下の2つの問題をクリアする必要がある。

1つは、多種類の細胞から目的とする細胞だけを選別すること。そしてもう1つが、失われた心筋細胞と同じ量の治療細胞を得ることだ。つまり、「質」と「量」という2つの大きな問題を解決する必要があったのである。

こうした取り組みの中には、遺伝子改変を行うことによって心筋特異的に蛍光タンパク質を発現させるなどが行われてきたが、ヒトへの細胞移植に際しては安全性・安定性の面で問題があった。

この問題を克服するため、福田教授らのグループは2010年、「ミトコンドリア特異的蛍光色素」を用いて心筋細胞を識別し、「FACS(蛍光識別による細胞分取機器)」という機械を用いて、1細胞ずつ心筋細胞を分取する方法を報告していた。今回、研究グループはそれにさらなる革新を重ねて、より簡便にかつ高効率に大量の心筋細胞を精製する方法を開発することに成功した形だ。

細胞の培養は培養液という細胞の生存にとって重要な栄養素を含む液体中で行うが、その必要成分は細胞の種類によって異なっているとされる。そこで、培養液を「心筋細胞のみが生存可能で、未分化な幹細胞や心筋以外の細胞が生存不可能な環境」に変えることによって、効率よく心筋細胞のみを選別できないかという考えのもと、今回の研究が行われた次第だ。

選別したい細胞である心筋細胞と、除去したい細胞である未分化幹細胞の代謝の比較を行うため、「メタボローム解析」による比較が行われた。その結果、幹細胞ではグルコース(ブドウ糖)を活発に利用することで、エネルギーを得ているだけでなく、増殖する際に必要となるアミノ酸や核酸を作り出していることが判明。

また、グルコースを利用した後に産生される乳酸を細胞外に積極的に排泄し、ミトコンドリアにおける「酸化的リン酸化」を利用していないことがわかった。

一方で、心筋細胞は幹細胞に比べてグルコースの代謝は活発ではなく、代わりにミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によって効率よくエネルギーを得ていることがわかったのである。さらに行った実験により、幹細胞だけではなく、そのほかの増殖細胞も幹細胞に似た代謝方式をとっていることが明らかになった(画像1)。

画像1。心筋細胞と非心筋細胞(幹細胞など)における代謝の違い

幹細胞を含む増殖細胞と心筋細胞の代謝の違いに着目し、「未分化幹細胞やそのほかの増殖細胞が生存不可能で、心筋細胞のみが生存可能な代謝環境」を作り出すために、以下のことが考えられた。

通常は培養液に必要不可欠とされるグルコースを除去し、心筋細胞にとってエネルギー源となる乳酸を添加することにより、心筋細胞のみを選別できるというものである。その考えにより、「無グルコース・乳酸添加培養液」が作製された。

そして、実際に、マウスおよびヒトES/iPS細胞由来のさまざまな細胞集団を「無グルコース・乳酸添加培養液」中で培養。その結果、心筋細胞のみが選別されることが確認された。

さらに、選別されたヒトES細胞由来の心筋細胞には腫瘍を形成する原因となる未分化幹細胞が残存しておらず、また細胞移植を行っても腫瘍を形成しなかったことから、安全な心筋細胞であることが確認されたのである。

つまり、これまで行っていた遺伝子改変技術やFACSを用いることなく、「培養液を交換する」という極めて単純な工程によって、腫瘍化のリスクの極めて低い精製心筋細胞を安価かつ大量に得ることが可能となったというわけだ(画像2)。

今回の成果は、近い将来ヒトES細胞あるいはiPS細胞から分化させた心筋細胞を用いて心臓再生医療を行う際に、安全性が担保された心筋細胞を大量に得る上で極めて重要な技術であると期待される(画像3)。

なお研究グループでは、今回の成果をもとに、心臓再生医療の実現化に向けて、産学が共同し一体となって、着実な一歩一歩を踏み出していくとコメントしている。

画像2。従来の方法と今回報告する方法の比較

画像3。研究グループが目指す心臓再生医療