東京大学は、作り物の手を自分の手と感じる錯覚である「ラバーハンド錯覚」(画像1)を利用することで、手に触れている物体の見た目と実際の温度を独立に操作する手法を考案し、見た目によって温度の錯覚が生じることを突き止めたと発表した。

成果は、東大大学院 人文社会系研究科 心理学専門分野の横澤一彦教授、同・専修課程 博士課程の金谷翔子氏らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間11月7日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

画像1。実験では、ラバーハンド錯覚を生起させてから、温度刺激が与えられた

自分のそばにある赤い炎を見ただけでも熱いと感じたり、氷を見ただけでひんやりした気になったりするかと聞かれれば、多くの方が同意するはずだ。ただしそう感じるのは、炎や氷がそばにあって、それぞれの温度が皮膚感覚に直接影響している可能性と、皮膚感覚とは関係ない単なる思い込みの可能性のどちらもある。

一方、テレビや映画などで、炎や氷の映像を見ても、特に温度に関する皮膚感覚(温度感覚)が変わるわけではないはずだ。それでは、温度感覚とは別に、近づいたり触れられたりしている炎や氷を見ただけで、触れられているものが本当に熱くなったり、ひんやり感じたりするのだかという疑問は、視覚と温度感覚という感覚間の相互作用を調べる心理学において、古くから検討されてきた。

しかし、物体の見た目が温度感覚に直接影響するという仮説を支持するような研究結果はこれまで報告されていない。なぜならば、炎でも氷でも、実物が体に触れている、もしくは近づいているのが見えるのに、その温度だけが実際とは異なるような状況を可能にするような厳密な操作が困難であったためだ。

例えば、本物の氷が自分の体に触れていても、実際には体に与えられる温度がそれとは無関係に操作され、冷たくないような場合も独立して設定できなければ、上述のような仮説を確かめることができないからである。

横澤教授らは今回、ラバーハンド錯覚を利用することで、自分の体に触れている物体が見えているのに、その物体の温度を、独立して操作できる手法を考案。心理学的な実験によって、単なる思い込みではなく、物体の見た目が温度感覚に直接影響することを支持する、初めての研究成果を発表した。

ちなみにラバーハンド錯覚とは、片腕を隠し、その代わりに義手やゴムで作った作り物の手を少し離れた位置に見えるように置き、実験者が作り物の手と本物の手を同期させながら筆でこする時、作り物の手を本物の自分の手と感じるようになる錯覚だ。

同期させずに筆でこする時には、このような錯覚は生じないことから、同期した視覚と触覚の相互作用によって生じる現象であることが明らかになっている。

実験の結果、ラバーハンド錯覚が生じた時にだけ、温度感覚の錯覚が生じることが突き止められた。例えば、隠された自分の手に、一定の温度に保たれたプラスチック・キューブを繰り返し触れ、それに同期して作り物の手に触れる物体をプラスチック・キューブから氷(アイス・キューブ)に代えると、自分の手の上の物体が冷たくなったと感じると報告されたのである(画像2)。

画像2。温度感覚の錯覚が生じたことを示す実験結果

逆に、作り物の手に触れる物体を氷からプラスチック・キューブに代えると、暖かくなったと感じると報告された。いずれも、実際には見えない自分の手に触れられている物体は変化していないので、見た目だけで温度感覚が騙されたことになる。

ただし、自分では見えていない手に触れるプラスチック・キューブの温度を変化させると、視覚的に何を見せていても、正しい温度変化を報告できた。すなわち、ラバーハンド錯覚が生じていても、隠されている自分の手の温度感覚が完全になくなっているわけではなかったというわけだ。

さらに、作り物の手と本物の手に非同期な触覚刺激を与え、ラバーハンド錯覚を生じさせない時には、前述したような温度感覚の錯覚はいずれも観察できないことから、皮膚感覚とは関係ない、単なる思い込みで生じる現象ではないことも明らかになった。

今回発見された現象は、必ずしもヒトの温度感覚が視覚情報によってゆがめられる事実だけを示しているわけではなく、きめ細かい温度感覚が皮膚に備わっていなくても、日常生活においては、一般的に処理が早く正確な視覚情報がヒトの温度感覚を補うことができることを示していると考えられると、研究グループはコメントしている。