情報通信研究機構(NICT)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、日立造船(Hitz)、東京大学地震研究所(東大地震研)および 高知工業高等専門学校(高知高専)の5者は10月25日、2006年12月に打ち上げられた技術試験衛星VIII型「きく8号(ETS-VIII)」を用いたGPS津波計からのデータ伝送実験として、10月24日から高知県室戸沖に設置しているGPS津波計(高知県の黒潮牧場16号ブイ)で観測した波浪情報を「きく8号」を用いて茨城県鹿嶋市の地上基地局(NICT鹿島宇宙技術センター)に伝送する実験を開始したことを発表した。

各機関の役割分担は、以下の通り。まず、後期利用段階にあるきく8号の管制運用を行い、衛星センサネットワークの基礎実験を実施しているNICTだが、きく8号へのデータ送信と受信、高知高専への受信データ陸上伝送および次世代通信衛星の平時データ利用の検討を担当する。

JAXAは、実験結果に基づく次世代情報通信衛星への要求仕様の検討を担当。そしてHitzは、GPS津波計のPVD測位結果出力装置の設計製作を担当している。さらに東大地震研は、実験結果に基づく次世代津波防災システムの検討を担当。最後の高知高専は、GPS津波計からのPVD測位結果の出力、受信データの解析評価および実験結果のまとめを担当、という具合だ。

地上基地局に伝送された波浪情報は、陸上のインターネット回線を用いて高知高専まで送られる。GPS津波計は、「単独精密変位測位法(PVD法:Point precise Variance Detection method)」により観測を行う。なお、PVD法は観測点と複数個のGPS衛星との間の距離と方角のデータを用いて、観測を行う度に前回の計測位置との変化量を直接求める方法だ。

今回の実験を通して、東日本大震災で提起された以下の課題に対して、衛星によるデータ伝送が有効であることを実証する計画だ。その課題は、(1)GPS津波計のさらなる沖合展開、(2)被災地域の通信網の寸断に対する対策となっている。

まず、GPS津波計のさらなる沖合展開について。GPS精密測位による津波・波浪・潮汐の観測には、鉛直方向についてcmオーダーの分解能、精度および速報性が必要であり、津波観測には100kmを超す沖合のデータが望まれる。従来は、陸上の基準局からの距離が20km程度に限定される課題があったが、今回の方式では衛星のサービスエリア内であれば距離の制約がなくなるというわけだ。

そして、被災地域の通信網の寸断に対する対策について。従来は陸上の通信網に依存していたため大規模な停電で使用できなくなったが、今回の方式では衛星を使用するので被災地から離れたところにデータを伝送することで停電の影響を受けなくなるというメリットがある。

画像1。実験構成

GPS津波計は、宇宙技術を活用した新しい海面変位計測装置として開発されてきた。東日本大震災時には、国土交通省港湾局がGPS波浪計として東北地方を含む全国に15基を配備しており、リアルタイムでデータが公開されている。

各種マスコミで報じられた通り、釜石沖のGPS波浪計が観測した津波高さのリアルタイムデータは6.7mを示し、気象庁はこのデータを含む複数のデータを根拠に津波警報を引き上げた。

残念なことに、この第1波の観測データを発信した後、被災地域の大規模な停電が発生。通信網も寸断され、それ以降のリアルタイムデータが発信されなくなってしまった。ただし、観測データそのものは高台に設置された基準局のバックアップ電源の下、完全な津波波形が記録保存され、その後の種々の解析に活用されている。

「きく8号」によるデータ伝送実験は、高知県室戸岬沖(約40km)の海上ブイに設置しているGPS津波計で観測した波浪情報を、静止衛星の「きく8号」を用いて陸上に送る実験だ。

室戸岬沖では、高知高専や東大地震研などの科研費研究チームがGPS津波計の沖合展開のための機能拡大実証実験を進めている。災害等の非常時に強いデータ伝送手段として衛星回線を利用することを目指し、NICTは、JAXAの超小型端末を活用した小型センサ局を開発した。

すでに、2012年8月には、高知県の陸上・海上(船上)からデータ伝送の基礎実験を行い、事前の動作確認およびデータを取得している。10月24日からは海上ブイに小型センサ局を設置してデータ伝送実験を開始したというわけだ。

室戸岬沖のGPS津波計では、GPSブイで計測したデータだけを用いて海面変位をcmのオーダーで精密に単独測位できるPVD法を使って、毎秒ごとに鉛直方向のブイ位置の変位を計測している。

今回行う実験は、この時々刻々の波の高さを示すデータを、前述したように「きく8号」を経由してNICT鹿島宇宙技術センターに送り、陸上のインターネット回線を用いて、種々の解析を行っている高知高専に送るというものだ。

この衛星回線によるデータ伝送が実現すれば、GPS津波計を設置した地域が地震・津波で電力・通信網に甚大な被害が発生した場合でも、沖合での正確な津波観測データを日本国内はもちろんのこと、全世界に送り続ける技術が確立できるというわけである。

洋上に設置して波や潮流に揉まれるブイ上から観測データを長期間・連続的に衛星回線で伝送するための課題は、ブイに設置する衛星通信用アンテナの指向性の問題や通信装置等の省電力化だ。

これらの課題を解決するため、小型センサ局と大型展開アンテナ(19m×17m)を持つ「きく8号」を用いて確認・検証し、情報レートは低いものの、静止衛星に対して無指向性アンテナを用いて衛星通信を可能にしていることが、今回の実験の技術的特徴である。

そして前述した課題の1つである、GPS津波計のさらなる沖合展開の詳細について。津波・波浪・潮汐の観測には、GPS測位による鉛直方向の測位データが用いられている。このデータは、その使用目的からcmのオーダーの分解能と精度を有していることが必要だ。

これまでのGPS津波計では、「RTK(Real Time Kinematic)法」と呼ばれる測位法を採用してこの要請に応えていた。しかし、このRTK法で安定した精密測位データを確保するには、あらかじめ緯度経度標高の明らかな位置に設置した基準局のデータを必要とし、この大量のデータを基準局から移動局へ長距離伝送する手段と測位の安定性確保に問題があり、基準局との離岸距離が20km程度に限定されることが課題となっていた。

すなわち、沖合100km以上の海域への設置可能な技術開発には、長距離大量データ伝送方法とGPS測位法の改良が求められていたのである。将来のGPS津波計は、少量のデータ伝送とブイ上での精密単独測位ができるようにする必要があり、今回の実験で用いるPVD法はGPS津波計の日常用途である波浪計測においてこの要求を実現した。

測位法の改良には、RTK法の改良と新たな測位アルゴリズムの導入の2つがあり、これらの開発が進められた形だ。RTK法では測位誤差を引き起こす対流圏の影響の補正をよりよくすることにより、100kmを超える離岸距離での測位の安定性を確保。

また、洋上のGPSブイのGPS観測データだけで津波・潮汐を観測できるようにするための新たな測位アルゴリズムの検討も進められた。すでに周期30秒程度までの短周期の波浪については、今回実験に用いるPVD法によって解決されているが、長周期の津波・潮汐の観測には、新たな視点での検討が必要だった。

これには、国土地理院が全国に約1200カ所展開している電子基準点を用いてGPS衛星の位置と時計を正確に求め、この伝送負担の小さいデータをブイで計測するGPSデータに適用して測位する、「PPP-AR法(Precise Point Positioning with Ambiguity Resolution)」によって、海面の鉛直方向変位を求めていくことができるようになっている。

これらの新しい測位法は、現在推進中の科研費基盤研究(S)21221007の室戸岬沖のGPS津波計沖合展開実験において、データ公開中であり、良好な結果を示しているという。

続いて、2つ目の被災地域の通信網の寸断に対する対策について。基本となる対策は、被災のない地域からの観測データの発信だ。つまり、対象地域で観測された津波データを被災のない地域に送り、リアルタイムに全世界に発信するということである。

今回の実験システムでは、何度か説明しているが、高知沖で観測されたデータを茨城県鹿嶋市にあるNICT鹿島宇宙技術センターに送り、高知高専に送り返す実験構成である。この構成を構築したのは、例えば、南海トラフによる津波の観測結果を、鹿島からリアルタイムにデータ配信を行うことを模したものだ。

今回の実験によって、室戸岬沖GPS津波計の観測データがNICT鹿島宇宙技術センターへ正常に伝送できることを確認でき、将来、「きく8号」の持つ基本性能と同等以上の性能を有し、さらに通信速度の早い「防災等に資する次世代情報通信衛星」が実現されれば、この課題は全面的に解決されることになるというわけである。

これらの検討によって、衛星回線を用いたデータ伝送手段が確保できれば、衛星のサービスエリアの範囲内で離岸距離の制限なく大洋のいずれの位置にもGPS津波計を設置することが可能になり、東日本大震災によって明瞭に提起された課題を克服することができるようになる。

実験開始後、画像1の実験構成図にある通り、きく8号、NICT鹿島宇宙技術センターを経由して高知高専にデータが送られてきた。そのデータをリアルタイムに表示させた結果が画像2にである。横軸は、15:30から16:30の1時間を示し、縦軸は±1mで波高を示している。最大波高2m程度の観測結果となっている。

一方、画像3は、インターネットでリアルタイムデータ公開をしているPVDデータだ。画像2と画像3とはよい対応が得られていることが確認可能だ。

画像2。きく8号を用いたデータ伝送結果(2012/10/2415:30~16:30)

画像3。観測データ公開ページで公開している波浪データ(2012/10/2415:30~16:30)